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[短編小説]醜悪なもの#3

「久しいな」
 黒を基調に赤と白、金をアクセントに加えた豪華な服で身を包んだ目の前の男。この国タルドリアの国王に膝をつき首を垂れ返事をした。
「お久しぶりです、国王陛下」
「ああ、所で科学者たちが大慌てで“実験体”が逃げ出したと騒いでいるのだが」
 生唾を飲んだ。分かっていたとも、陛下がこんな島に今のタイミングで訪れるとなればそれは今回の我々管理人の失態を科学者共が陛下に大声で伝えなんとか我ら二人に責任を取らせようと考えると。
「実験体ではありません! 陛下あれらは私共のさくひ――」
「“そこ”がそんなに大事なのか? 今問題なのはあれらが逃げたこと。違うか?」
「い、いいえ。申し訳ございません、陛下」
 恐ろしく冷えきりじろりと見られれば傲慢な科学者でも黙るらしい。弱弱しく答え三歩後ろに下がるソイツを陛下は鼻で笑って言葉を続けた。
「問題をはき違えるお前より優秀な奴なんて五万といるだろうな」
 その言葉にびくりと肩を震わせただでさえ低くなっていた腰をさらに曲げ黙り込んだソイツから視線を外し再び私に目を向けた陛下に何を言われるのかと怯える。
 沈黙を破った陛下の言葉に私は思わず言葉を失うことになる。
「デニス管理人。君はよくやってくれた今までの働きに免じて今回の失態は無かったことにしてやろう」
「な……」
「いいえ、それでは自分が納得できません。何か責任を果たさせてください」
 言葉を失った科学者と、嫌な予感がして何とか考え直して貰おうとする私、希望で瞳に光が戻ったであろうニーナの息を飲んだ音。
「だが、新たな実験体の素体が必要だ」
「ええ、私が成りま――」
「違うぞ、デニス管理人」
 冷えた陛下の瞳は私から逸らされず、頭が理解を拒むその言葉を言い放った陛下に私は恐怖と罪悪感。様々な感情に襲われる。
「そこのレドフスカヤ家次女の令嬢だ」
「――え、うそ。でしょう……? 陛下?」
 恐怖に震えるニーナの声が後ろから聞こえた。それはあまりに酷な現実となった。
「陛下」
「デニス管理人。私の言葉に、指示に意見する心算か」
「はい」
 威圧感で引きそうになるが、それ以上に今まで頑張ったニーナを見てきたから。実験内容を知っていたから。ニーナを部下を守るためこの命をささげよう。
「お言葉ですが陛下。レドフスカヤ管理人は」
「先ずだが、デニス管理人そこから間違っている。彼女は反乱分子、私の統治を脅かす小さな棘だ」
 そう言った陛下は冷えた瞳に憎悪が足され酷く恐ろしい存在になっていた。しかしそれより私の中で大きかった情報。ニーナが反乱分子? 彼女はいつも業務をこなして……。
「そいつはいつだって書類を駄目にしただろう。そしてやけに人へ取り入るのが上手い」
 信じられなくて、信じたくなくて後ろを見れないでいるとニーナの叫ぶ声。
「違います! 私は無実です! 陛下に忠誠を誓って今まで真面目に仕事を取り組んできました! 信じてください! 陛下、デニス!」
「ではこの紙切れはどう説明する」
 そこに書かれていたのはロック解除のコードとスイッチの配置それを知るのは私と陛下、そしてニーナ。
「それは私が忘れないようメモを残していただけです! 本当です!」
 至極つまらなそうに陛下は何かに目配せをした。その次の瞬間ニーナの叫び声が聞こえた。
「――――あああぁぁぁあああ!!」
 つんと香る血の匂い。恐る恐る振り返るとそこには足を切られたニーナが居た。
「にーな……」
 泣き叫ぶニーナの背後にはいつのまにか黒装束に身を包んだ細身の男が立っていてその手に持つ武器から血が滴っていた。
「私が何も知らないと思ったか?」
 そう言ってニーナに近づき陛下は一言ある人物の名前を言った。
「アンドレ・ル・リンダークネッシュ。その婚約者だったニーナ・レドフスカヤ。君が管理人になれたのは、君も監視対象だったからだ」
 血が流れ段々と呼吸も浅くなるニーナの首を陛下は切り落とした。鈍い音とニーナの声にならない音。耳と目を塞ぎたくなるその光景に気持ち悪くなり俯いていると陛下が私に近寄り、話しかけられる。
「デニス管理人、伝えていなくて悪かったな。しかし君はよく働いてくれた」
 陛下は科学者たちにニーナの体を持っていけと指示をしながら言葉を続け私に話しかけ続ける。
「そこでだ。逃げ出したリンダークネッシュ家当主だったアンドレという男を殺す任務に着け」
「御意に。どのような見た目でしょう」
 この身は陛下に、タルドリアに忠誠を誓っていた。その誓いを反故にしても、命を懸けて守るべきと判断していた部下は反乱分子であり、私を裏切っていた。なればこそ、最も重要なのは陛下のお言葉であった。
 そうして見せられたリンダークネッシュの顔は見覚えがある者だった。向かいの男と仲が良く。獅子と融合された男。
「さて、これから頑張ってくれ。デニス処刑人」
「処刑人……ですか?」
 陛下はそうだ。と言葉を続けられる。
「君の管理していた実験体達はもう居ない。そして君にはアンドレを殺す新たな任務がある、もう管理人の称は要らないだろう」
「御意」
 私のその言葉に頷くと科学者共を連れて去って行く。ニーナの死体も、黒装束の男も既に消えており。私に残されていたのは陛下からの命令、アンドレを殺すことのみだった。