本日発売文庫版「嫌われた監督」レビュー

落合博満という男を一言で表現するなら、こうだろう。

孤独なプロフェッショナル

落合の孤独は選手達を、末端の記者までを包み込んでゆく。
なぜ語らないのか?なぜ俯いて歩くのか?なぜいつも孤独なのか?そしてなぜ嫌われるのか?

なぜ語らないのか?
落合は人に期待しない。自分の言葉が伝わらないことが分かっている。だから語らない。そこに自分の信念さえあれば同調等必要ないのだ。

なぜ俯いて歩くのか?
監督という立場の落合に人は見返りを求めて挨拶をし、媚びを売る。プロ野球の監督としてはそれに応えるのも仕事の一部だろう。
しかし、落合が球団と交わした契約書には「ドラゴンズを強くし、優勝、日本一を目指すこと」としか書かれていない。強くする以外には名誉も名声も、賞賛も、落合には不要なのである。

なぜいつも孤独なのか?
答えを出すのは自分だから。自分の出した答えに責任を持つのは自分だから。勝負の世界は自分しか頼ることができないのだから。

なぜ嫌われるのか?
上記の通り、世間に認められたい。仲間が欲しい。自分を分かって欲しいという見栄が一切ないから。
そして、建前がなく本音しかない世界だから。

日本人には見えない同調圧力がある。新型コロナウィルスでも「自粛して下さい」という日本語が当然のように罷り通ってしまった。自粛するのは個人の意思であり、自粛をお願いするのはもうそれは強制だろう。法的根拠は?なんて言ったら総スカンだろう。
そういった、なあなあの、なんとなく空気読もうぜみたいな日本のムラ社会、横並びでOKみたいな理屈は一切落合には通じない。

だから落合は嫌われる。一方では良く言ったと影ながら拍手を送られる。
あくまでも影ながらだ。

ただ、監督退任から10年。日本に落合が求められるような、少しは認められるような時代が来た。

勧善懲悪のヒーローではない。派手さはない。パフォーマンスもない。

ただ一点、勝利の為に。
契約に書かれた中日ドラゴンズを強くするという約束を守る為に闘った8年間の記録。

著者の鈴木忠平さんは見事に書き切った。この本には魂が宿っている。

落合の孤独は2007年の日本シリーズの采配が身を持って証明している。
山井が8回まで完全試合をし、完全試合が継続したままクローザーの岩瀬にスイッチをし、53年振りの日本一を中日ドラゴンズにもたらしたあの試合。

落合は究極の決断を迫られる。

1番楽な采配は山井続投、完全試合達成。
次は山井続投、打たれてから岩瀬にリリーフで勝利。
この2案なら誰も傷付かず、その後一生語られることはない、謂わばリスクのない当たり前の采配である。
17年経ってもあの試合が語られるのは、8回で山井を交代させ、9回を岩瀬が完璧にリリーフをし、継投による完全試合を達成したからだ。
ただ考えてみてほしい。

もし、岩瀬が打たれて逆転されたら?

山井が続投して打たれても文句を言う人はそういないだろう。
ただ、岩瀬が打たれ同点、更に逆転をされたら?
暴動が起きる程の最低の采配として一生叩かれ続けるだろう。

私が同じ落合監督の立場ならリスクを取らず安全策を取り、山井を続投させただろう。

だが落合はリスクを取り、結果日本一を勝ち取った。その采配に応えた岩瀬は本当に凄い。だが、決断した落合も本当に凄いと思う。

余談だが、落合は続投させるつもりだったようだ。
森繁和コーチから「代えますよ」と言われた際に、「そういう訳にはいかんだろう」と答えたと退任後語っている。
だがすべての采配の責任を取る為に、自分で決断したと退任するまで真相は語らなかった。
なんという孤独だろう。
日本一を勝ち取っても賛否両論。

落合は言う。
「俺が評価されるのは死んでからだ」

落合が死ぬ前にこの本が世に出て本当に良かった。


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