「私は今生まれたばかりの小鹿だと思って。 立っているだけで精一杯なの。」 〜白馬岳登山の記録〜
10月11日の結婚記念日は、
午前2時に起床しました。
念のために繰り返しますね。
目が覚めたのではなくて「起床」したのです。
私たちは標高2380mの白馬大池山荘にいました。
これから標高2932mの白馬岳を目指そうというのです。
表現がちょっと他人事なのには理由があります。
ワンダーフォーゲル部主将の次女、佳恵が、
登山計画を立てて私たちを連れてきてくれたのです。
いえ、連れてきてくれたと言ってもあなた、
もちろん自分のこの2本の足を使って歩くのです。
前日は、
登山口→天狗原→白馬乗鞍岳→白馬大池山荘と、
すでに十分登ってきました。
お察しの通り、立派な筋肉痛です。
午前3時出発。
準備体操を終えると、
山登りが始まります。
とは言っても、
何も見えない、
漆黒の山道を登っていくのです。
ただ足元を照らすヘッドランプだけを頼りに。
【先頭】佳恵(次女)
荷物:山ほど
【2番手】尚子(妻)
荷物:2本のストック(手ぶら)
【3番手】私
荷物:リュックサック
【4番手】佑治(長男)
荷物:山ほど
今回は6人家族の内4人が参加です。
こんな朝早く出発するのは、
白馬岳に続く稜線で、
登る朝日を見せたいとの、
子供たちの気持ちゆえ。
もう少し休みたいという親のニーズとは少しズレていますが、
感謝して従います。
稜線とは、山の峰から峰へと続く尾根のこと。
白馬岳登山の魅力がここにあります。
絶景の見晴らしが、
それまでの疲れを全て忘れさせてくれるのです。
しかし──
もちろん今は何も見えません。
ただただ、真っ暗です。
それどころか、稜線に出た時の風が半端なかった。
ビュービューと横から吹きつけます。
吹き飛びそうなビニールのレインコートをかろうじておさえ、
台風の中でレポートする人の気持ちが、
少しだけわかりました。
昨日は半袖一枚で登ってきたのに、
今日はレインウエアの下にフリースとダウンを着込んでいます。
これが山なのでしょう。
どれほど日の出を願ったことか。
2021年10月11日の朝日は、
いつもの何十倍もありがたかったです。
岩戸からアマテラスが出てきた時の、
八百万の神々の喜びが、
少しだけわかりました。
浮かび上がってくる北アルプスからの眺望。
遠くには富士山が見えます。
富山湾も見えます。
そして何よりも、
目の前に続く美しい稜線。
自分たちでは、
生涯出会うことががなかった景色でしょう。
とは言うもののあなた、
歩くのはあくまで自分たちの2本の足を使ってです。
私たちは、
船越ノ頭、小蓮華山、
そして、新潟・富山・長野の境となる三国境を越えて、
最終の白馬岳を目指していました。
あと40分ほどで山頂という時、
しかし、
そこで登頂を断念しました。
山頂から戻ってくる人は皆、
ガスで何も見えなかった、
山頂の風はもっとすごい、
と言います。
そこで、
私たちは2つのチームに分かれたのです。
体力十分の佳恵と佑治は2人で山頂を目指し、
瀕死の状態の尚子と私はここで引き返すことにしました。
難有り、有り難し!
いやいや、
本当の大変さはここからでした。
予定ではこの後白馬大池山荘に戻り、
そこで一泊して翌日下山することになっていましたが、
翌日の予報が雨に変わったので、
一気に下山することにしたのです。
隊長〜、頼みますよ。
結局私たちはその日、
合計10時間以上歩き続けました。
白馬乗鞍岳から先は、
私たちがロックガーデンと名付けた岩場です。
大きな岩々が果てしなく積み重なっています。
下りとはいえ、
段差を降りるたびに、
疲労している体全体が軋むのです。
尚子は足が動かなくなっていました。
そのペースに皆も合わせます。
これがボトルネックかと、
TOCを思い出している場合ではありません。
『いい、私は今生まれたばかりの小鹿だと思って。
立っているだけで精一杯なの。』
いや、この状態に及んでも、
自らの足をかわいい子鹿に例えるあなたの自意識が立派です。
それでも、あゆみを止めさえしなければ、
やがて目的地に到着します。
良く聞く言葉通りに、
私たちは無事、
登山口に戻ってくることができました。
思い出にのこる結婚記念日となりました。
子供たちは、
私たちの知らない世界を知っていました。
それは見事に美しい世界でした。
いつの間にか、
子供たちは私たちを追い越して、
先頭を歩くようになっていたのです。
しかし、
最後にもう一度だけ言わしてください。
歩くのはあなた、
あくまで自分たちの2本の足を使ってですよ!
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