クソデカ不安と戦う

最近漠然とした不安に襲われている。一応私立の大学に入って2年目の文系大学生という一般的に見て一番人生をクソほど舐めた上で遊びまくっていそうな気持悪い時期ではあるが、マジで楽しくない。楽しいと聞いていたんだが。私文は全然勉強せんでいいし楽しいって聞いていたんだが。どうやら聞き間違いだったらしい。友達が大学内に2人とかしかいないし、頼れる友達がいないから自分で全部勉強と出席しなきゃいけないし、マジで社不だし、全然興味ある分野じゃないし、普通にしんどい。授業クソ長いし。ずっと家におるし。先生も専攻してる分野もどうしても好きになれないし。やっぱ学校自体に向いていないのかもしれない。

何を血迷ったのか大学では英語をやっている。正直もうやりたくない。まあ英語は使えるのでやってもいいかなとは思うけども。高校時代一番好きだった科目は物理だったが、数学が無理すぎて文転した。女が好きなので男ばっかりのクラスがしんどかったっていうのもある。仲いい友達も軒並み文系だったから文転すれば仲いい友達と同じクラスになれるかなぁみたいなおこころもあった。文系科目では英語が一番ましだったので英語系に進むことにした。いろんな人の期待もあったし適当に国立大を第一志望にしてたけど、高校が勉強!勉強!ってかんじでもう勉強したくなかったし、楽したかったので適当にセン利で通った大学の中から決めりゃいいわと思ってセンター以降大学にも予備校にも行くのやめた。国立大の二次は金髪で行った。案の定落ちた。くそですわ。まあきっと国立大行ったところで勉強ついていけなくてさんざんな目にあってただろうからこれはこれでいいんだけども。

ということで最近は英語ばっかりやっているわけだが、そもそも英語に興味がないうえに音声学、意味論、統語論とか英語学系の分野やってる意味がよくわからん。英語ようしゃべれんのに英語の方言の発音の違いとか、赤ちゃんが英語を習得していく過程とか、英語で品詞について説明されたりとか、うーんそれ英語しゃべれん奴に説明して意味あんのけ?っていう感じになってしまう。あと英文学と米文学にも全く興味ねぇ。シェイクスピアもトルーマンカポーティも私を苦しめないでくれ、死んでくれ~と思うが、よく考えたらみんなすでに死んでた。

なんとなーく入った学部でなんとなーく英語をやっているわけだけども、文学部で、将来どうすんの?どこで働くん?営業か?コミュ障社不の私に営業職が務まるか?というなんとも言えない焦りばっかりが募る。英語だけで食っていくなら当然英語をめちゃくちゃやらなきゃいけないわけで、特に英語が好きなわけでもやりたいわけでもない私がめざすのはちょっと無謀な気がする。ってことで、今から就職に向けて行動しよかな。とちょっと思っている。

どうせ大学生活つまんねぇなら今から英語じゃない実用的な勉強して、国家資格とか取って、それなりに稼げるようにしといた方がが大学出た後も安心して生きれるかなぁと思って最近は資格についてめちゃくちゃ調べている。隙間産業ないかねぇ…食いっぱぐれず、社会的地位を得られて、比較的労働環境のいい仕事、ないっすか。そんなしごとねぇよ!と言われそうだが、普通に探してもそんなのないことはわかっている。だから大学二年の周りのやつらがみんな遊んでる時期にこんなつまんねぇこと考えてんだよ。今から全力で勉強して、難しい資格取れればマシな人生歩めるかもしれねぇからな。幸い、私は環境には恵まれているので、父ちゃんの扶養に入ってるうちに自分でも同じ生活レベルが保てるような保険を作っとかなきゃと思ってね。

ということである資格に挑戦することにする。絶対○○になるんだ!って宣言してやる方がいいという人もいるが、何となく自分には向いてない気がする。親の金をウン十万ほどもらって、数年かけて勉強するつもりだが、うまくいくかはわからない。ギャンブルみたいだなと思ったので、博打と呼ぶことにした。

ということで、明後日さっそく賭博場へ視察に行ってこようと思う。今のところ漠然とした不安を解消する手立てはこれしか思いうかばないので、きっとやるんだと思う。勝てるといいわね。他人事のようにそう思う。



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