料理をしていて気がついたこと
みなさん、こんにちは!まっきーこと石牧です。最近急に寒くなりましたよね。暑さ寒さも彼岸までなんて昔の人の肌感覚はすごいですよね。ちなみに私は病気じゃないかというくらい汗をかく人間なので、すずしくなることはすごくうれしいです!着替えを持ち歩かなくていいって本当に楽ですよ。ということで、今日もつらつらと書いていきたいと思います!!
1. 料理写真をアップする理由
私のFacebookやインスタグラムをフォローしてくださっている方はご存じだと思いますが、最近自分で作った料理の写真をよくアップしています。きっかけは何気なく撮ったからあげの写真をアップしたら、いろいろな人から「美味しそう!!」とか、「すごい!!」っていう反応といいねがをもらえたからです。学生時代の私を知っている人なら良くご存じだと思いますが、料理は昔から割と得意で、レシピがあれば基本的に何でも作れます(レシピがあれば作れるのは当たり前か)。学生の頃は豚の角煮とか、パスタなんかをよく作って友達にふるまってました。だから、自分の中で料理をするっていうことはそんなに特別なことじゃなかったし、まさかこんなに反響があるなんて思っていませんでした。でも、いろんな人からコメントを頂けたり、いいねをもらえるとすごく励みになるし、単純な日常のルーティーンに張り合いが出るんですよね。
2. 料理をすることの意味
人は生きるために食べています。食べなければ当然いつか死んでしまいます。でも、私は昔から思っているのですが、自分で作って自分で食べるだけならば、それは料理じゃなくて”えさ”だと思っています。異論、反論あると思いますが、私はそう思っています。だから、自分で料理して、自分ひとりで食べるのは”えさ”を食べるのと一緒です。おいしくできようが、まずくできようが、すべて自己完結です。自分の中で終了します。でも、誰かに見せようとしたり、誰かに食べてもらおうと思うと”えさ”から料理に変わる。想いがのる気がするのです。少しでもおいしそうに見えるように写真を撮ろうと見栄えを考えるだけで張り合いができる。ちゃんと作ろうと思える。褒めてもらえるとまた頑張ろうと思える。SNSに料理写真をアップするようになってそんなことに気が付きました。褒めてくれる皆さんのおかげで、”えさ”でなく料理になっています。
3. 日常に想いを巡らせると
そう考えると毎日家族のために料理をしてくださっているお母さんには本当に頭が下がります。これはもしかすると男女差別な言い方に聞こえるかもしれませんが、独り暮らしの男性(つまり私)が手の込んだ料理をしているから褒めてくれている人もいるんだと思います。でも、これが毎日料理を作っている主婦の方ならどうでしょう?もしかしたら、そこまで褒められることはないのかもしれません。でも、大切な人のためにきっといろんなことを考えながら料理してくれているんだと思います。日常って当たり前すぎて気が付かないことが多いですけど、きっと誰からも褒められることなく、でも頑張ってくれている人がたくさんいるんだと思います。だからこそ、ちゃんと”ありがとう”と言わないといけないなって感じました。SNSの”いいね”だけでこんなに嬉しいんです。きっと大切な人から感謝されたらきっと飛び上がるほど嬉しいんだと思います。
まあ、お前できているのかよと言われると両親に感謝は出来ていませんし、料理を作ってくれる人もいないので、全部妄想の話なんですけどねww
今日はこんなところで。
楽読のインストラクターやってます♪興味があったらぜひ!