理想のソーシャルメディア
こんにちは。突然ですが、「理想のソーシャルメディア」と聞いてどんなものを思い浮かべますか?
きっと、みなさんはソーシャルメディアと聞いて Twitter や Facebook を思い浮かべるでしょう。いままでソーシャルメディアといえば、大きな世界を小さな箱に詰め込んだ混沌でした。
それはとても強力なツールでもあります。性暴力被害を訴える「MeToo 運動」や、大規模反政府デモである「アラブの春」について、きっとあなたは(おそらくいま手元にあるであろう端末で)簡単に調べられるでしょう。
しかし、強力なツールであることは、常に同時に暴力を行える可能性を孕みます。あえて言うまでもなく、みなさんはさまざまな実例を思い浮かべられるでしょうね。物議をかもす言葉の量は、オフラインとオンラインではまるで違います。ソーシャルメディアは、まるで暴力の培養槽のようです。
あなたはどんなことにソーシャルメディアを使っていますか?日記として?連絡帳として?それとも情報収集?まさか、悪口を言うために?
さて、最初に「いままでソーシャルメディアといえば」と言いましたね。そう、これから変えていけるかもしれないのです。いくつかの企業、非営利法人、標準化団体、そして数多くのオープンソース開発者たちによって、さまざまに実験や競争を行える環境が作られつつあります。それが、分散型 SNS です。
だれもがシステムづくりに関われる時代の幕開けです。Twitter 社に入って出世競争をする必要はないのです。では、よりよいオンライン言論空間を構築するために、私たちはどんなソーシャルメディアを目指せばいいのでしょうか?いままでいくつかの意見を見てきて、なんとなくアイデアが集まってきたのでまとめてみました。
人様の意見をキュレーションした形にはなりますが、酒の肴にでもお楽しみください。
いらない機能
Twitter も Facebook も営利企業です。いままでユーザをたきつけるための研究を山ほどしてきました。なら、穏やかに過ごすためにはいらない機能がたくさんあるはずです。Nighthaven 氏の意見や、ぱいそに氏の実装、そして私の私見をもとに、いくつか書き出してみました(私の私見も入っている点に注意です)。
プッシュ通知
いいね通知
フォロー通知
フォロワー数表示
いいね数表示
相互フォローかどうかという情報
これらはユーザの報酬系を刺激します。ソーシャルメディアを通じて、あたかもアイデンティティを得ているような感覚に陥ってしまうのです。また、他人のそれを見て「ああ、この人は人望がある凄い人なんだ。それに引き換え、僕といったら…」なんて考える人もいるでしょう。「鏡は悟りの具にあらず、迷いの具なり」とは言いますが、これらの機能は実際にアイデンティティや対他人の認識を歪めてしまうのです。
(このメカニズムについて詳しく知りたい人は『ソーシャルメディア・プリズム』クリス・ベイル著 みすず書房刊 を読んでみてください。なぜ人はソーシャルメディアを通じて争ってしまうのか、計算社会科学の手法で分析しています)
(ぱいそに氏は、Ucho-tenという Bluesky クライアントでこのような「苦しみ」の無い世界を実現する試みを行っています。Bluesky ユーザであれば、一度はお試しください)
ブロック(ミュートのみでよい)
あえて拒絶を通知する必要はありません。単にその場から去ればよいのです。先ほど申しました通り、「鏡は悟りの具にあらず」です。自分が鏡を見ないこともですが、他人に鏡を見せないことも重要なのです。
リプライ
メンション
DM
その他直接的なメッセージング機能
直接メッセージを送る機能は不要かもしれません。遠くにいる誰かから、自分が重視していなかった自分のことについて言及されることは、ちょっとしたホラーです。ホラーでは済まないこともあります。その手軽さは拳銃のようです。なにより、メッセージに対してなんの評価も挟まっていません。
また、テキストによる社交は自ら苦しみを生みます。テキストは誰かに意図を伝えるのに適しているとは思えません。見落としがちですが、テキストで誰かに意図を伝えるのは、専門の職業が生まれるレベルで難しいことなのです。すれちがいがすぐに起きます。
いらなくなるかもしれない機能
技術の発達によって不要になるかもしれない機能をまとめました。
いいね
フォロー
どちらも Twitter 型 UI において重要な位置を占める機能ですが、これからはいらないかもしれません。
先ほど、いいねは表示も通知もしないほうがいいかもしれない、と言いましたね。そして、いまはインプレッションをシステムが勝手に評価してくれます。であるなら、いいねボタンの意味はありません。無くていいでしょう。
そして、フォロー。小説『Forget me, bot』柞刈湯葉著(『AI と SF』日本 SF 作家クラブ編 早川書房刊 に収録)では、YouTube からチャンネル登録機能が消えた未来が描かれていました。その世界では、レコメンドアルゴリズムがユーザが見るものを制御しています。そこまでいくとちょっとディストピアですが、アルゴリズムが投稿を分類して配信する、というのは普通に行われていることです。
これらの手法を全面的に採用している SNS は「Maven」です。WIRED に記事があるので、見てみると面白いかもしれません。
アルゴリズムがディストピアにならない方法の模索も始まっています。Bluesky では誰もがアルゴリズムを開発して公開できたり、簡単にアルゴリズムを作れるサードパーティのサービスがあったりします。
また、単純な方法として、購読にはリストを利用するというものがあります。
いるかもしれない機能
さて、散々あれはいらないこれはいらないと言ってきましたが、いくつかの機能はあったほうが良いかもしれません。
リプライ
DM(ただし、一対一の音声通話のみ)
リプライは、善く使えば善い結果をもたらします。ですので、単に機能を消してしまうのではなく、ユーザが自らの選択で機能を制限できる手法が良いかもしれません。
例えば、フォローしてる相手だけに限定できる、とか。Twitter や Bluesky などで見られる手法ですね。
それから、Web において相手への信頼性を評価する Web of Trust という概念を使うことも考えられます。それぞれの個人が認証をしあい、信頼を構築していくモデルのことです。一部の Nostr クライアントなどでスパムをよけるために見られる手法です。
DM については、音声限定、という注釈がついています。やりとりのなかで衝突があったとき、テキストチャットではほとんど解決できないからです。前にも申しました通り、テキストを使って意図を伝えるのはとても難しいのです。
さて、ここまでいる機能といらない機能を見てきました。では、これからは新たに欲しい機能を見ていきましょう。
好きな話題同士で集まりたい、けれど分断はされたくない
同じ趣味を持つ人同士で集まりたい、という欲求はごく一般的なものとして知られています。これを叶えたい欲求と、分断を防いで遠くの場所にある投稿も手に入れたいという欲求は、一見矛盾しているようにも見えますが、確かに両立して存在するようです。
両立させるには、Twitter や Facebook はあまりにも広大すぎ、Mastodon や Misskey はアカウントの移行(=話題の移行です)に手間がかかりすぎ、かつ遠くの投稿を手に入れにくく、Discord に至っては投稿が完全に外部から隔離されています。
そこで試みられているのが、totegamma 氏により開発された SNS「Concurrent」の機能、「コミュニティタイムライン」と「リルート」です。
Concurrent には、ホームタイムラインとは別に、コミュニティタイムラインが存在します。ここでは、複数のコミュニティタイムラインを購読し交流することができます。また、ユーザは投稿を「リルート」することによって、ほかのコミュニティタイムラインに投稿を流すこともできます。「人は複数のコミュニティに所属する」ことと「投稿もまた複数のコミュニティに存在しうる」ことを両立しているのです。
コミュニティからコミュニティへ投稿を飛ばす「リルート」は新たな概念です。
中間領域がほしい
Nighthaven 氏はソーシャルメディアに中間領域を作る試みをしています。
ケヴィン・ベーコン・ゲームをご存知でしょうか。映画俳優の共演関係の距離を、ケヴィン・ベーコン氏を起点に数えていく遊びです。かなりの数の俳優が 3 以内に収まってしまうそうです。
このように、知り合いの知り合いをたどっていくと、6 人目でほぼ世界中のだれとでも繋がれてしまう現象を、「六次の隔たり」と言います。ソーシャルメディアでは日常茶飯事です。
ならば、誰かが書き込んでくれた、本人にとってはなんでもない、けれども私にとっては素晴らしい一節の詩になっているテキストを、私のもとに毎朝届けさせることもできるはずです。でも、現状はそうなっていません。
それがなぜかについては『Bluesky 上に中間領域を構築する意義と方法』Nighthaven 著(『Hello Nostr, Yo Bluesky 2 最先端分散型 SNS の愉快な仲間たち』四谷ラボ刊 に収録)に書いてあるので是非読んでほしいところですが、ではどうすればよいのでしょう。
そこで、中間領域の登場です。具体的には、特定のハッシュタグをキュレーションする「コモンズ・アカウント」や、自分が書き込んだ話題に沿って、三つくらい投稿がレコメンドされる「N-feed」です。
これらは Bluesky 上で運用されていて、私が欲しい、けれども私が知らない場所にある投稿を、私のもとへ届けてくれます。
ややもすれば、Twitter のおすすめタイムラインに似てしまうかもしれませんが、氏は「違う」と戒めます。
氏が理想のタイムラインとしてイメージするのは、ブライアン・イーノが設計した iOS 用の作曲アプリ「Bloom」のようなものなのだそうです。
よりよい議論の場がほしい
クリス・ベイル氏は Reddit の一部コミュニティで生産性のある議論がされているのを観察し、匿名性のある議論プラットフォームを実際に作ってフィールド実験を行いました。結果、ユーザの間でよりよい議論が行われたのですが、それはなぜでしょうか。
氏は、
テーマを明確にした
匿名の
議論であることが、人種や性別をどこまで開示するか選べることに寄与し、ステレオタイプを避けることにつながったのかもしれないと分析し、
と、私たちに希望を与えてくれます。
氏は、著書『ソーシャルメディア・プリズム』のなかでこのようなものを夢想しました(あえて一部に改変を加えています)。
なにか共通の目的がある
対立する意見集団をやり込めたものにではなく、対立を浅くする(分極化の軽減といいます)ことに貢献した者にステータスが与えられる
「いままで賛成していなかったけど、理屈は理解できる」意見(受容域内の意見といいます)がレコメンドされる
物議をかもす意見はレコメンドされない
意見集団が二つに分かれていた時、その両方から支持された意見が評価される
トップダウンにまずテーマがあって、会話ができる
「分極化の軽減に貢献した者をステータスが与えられる」がどのような実装になるか見当もつきません。ユーザをクラスタリングして意見集団をグラフに起こすことはできるでしょうが、それが変化した原因を探るのはどうすればいいのでしょう。おそらく計算社会科学の出番だと思うのですが、私にはよくわかりません。
しかし、「受容域内の意見がレコメンドされる」や「物議をかもす意見はレコメンドされない」なら自然言語処理的なアプローチが使えそうです。実際に、文や画像に対して AI が評価を行い、毒性の強いコンテンツの蔓延を防ぐというのは様々なソーシャルメディアで行われています。
また、「両方の意見集団から支持された意見が評価される」というのは、台湾などで政策の議論に用いられているPol.isなどで見られる実装です。
実現可能性の程度の差こそありますが、非常に示唆に富む意見です。
むすびに
はじめはちょっとした記事のつもりでしたが、思ったよりも長くなりました。なるべく専門用語には解説を付けて、わかりやすく書いたつもりですが、至らぬ点などあるかと思います。もし、もっと議論を深めたい、などご興味あれば私の主催する「分散 SNS 集会」に是非いらしてください。
最後に、今回の記事はキュレーションぎみになりました。どうか、私自身の力で全文を書いたとは思わないでください。
では、分散型 SNS の様々な試みが生まれては消えていくこの世界の発展を願って。バハハイ。