パナムジカ35周年。

合唱楽譜のパナムジカさんが35周年ということで、思い出話を。

パナムジカの存在がなければ、こうして合唱指揮者という道を踏み外した存在になることもなかったと思いますから、どう責任を取ってくださるというのでしょうか。(笑)

①マンチヤルヴィの『Ave Maria』
ちょうど私が高校生の頃は、マンチヤルヴィやミシュキニスといった北欧の現代に生きる作曲家の作品が日本に多く出始めた時だったと記憶しています。
とりわけ、どちらもマンチヤルヴィの作品である『Pseudo-Yoik(偽ヨイク)』『El Hambo』は、それまで聴いたことのないような新鮮さに溢れていて、民族音楽的なものが好きな私は興味を持たずにはいられませんでした。
そうした作品はもちろんのこと、当時高校生の私にとってマンチヤルヴィの『Ave Maria』は忘れられない衝撃でした。ペラペラな一枚の楽譜でしかなく、女声は喋るだけ(音取りの必要なし!)、男声もさほど難しくはない。そんな作品なのですが、ホールのような空間で演出を伴って演奏すると、そこになんと静謐な祈りの空間が立ち現れることでしょうか。一見すると薄い紙切れでしかないにもかかわらず、そこには無限の可能性がありました。
音楽は時間だけでなく、空間も伴う芸術なのだと知り、合唱の可能性にも気付かされたのでした。

②パナムジカとの出会い
こうしてある種のアハ体験をしてしまった当時の私は、海外の作品の多種多様さに惹かれていったのでした。しかし、当時はまだYouTubeで何でも聴ける時代ではなかったため、どんな作品があるのか調べようもありませんでした。そこで非常に参考にし、穴が空くほど読み込んだのがパナムジカさんのカタログやホームページだったのです。

③方針転換をきっかけに
そもそも中学時代は吹奏楽に打ち込んでいたため、いずれ吹奏楽部でなくともマイ楽器が欲しいとずっと思っていました。しかし、お年玉やお小遣いの程度では到底、楽器が買えるような金額は集まりません。高校生の時、そのことにようやく気付き、それならば、気になっている合唱の楽譜を買ってみよう!ということに方針転換をしたのです。今思うとここからが合唱指揮者に通ずる沼の始まりだったように思います。
しかし、当時の合唱部の顧問の先生から「楽譜は自分で買った分だけ財産になる」と教えられ、なんの迷いも無く貯めてきたお金を楽譜につぎ込んだのでした。一年で10万円以上はもしかしたら使っていたのではないでしょうか。

④パナムジカでとにかく買い漁る
海外の作品で、特に買い漁ったのが「その他の言語」と表記されているものでした。いわゆる英語、ドイツ語のようなメジャー言語の作品には目もくれず、読めもしないのに「その他の言語」や値段の安いものを中心にとにかく買っていました。とにかく未知のものと出会いたいという願望が強かったのでしょうね。自分の見たこともない景色を見たかったと言いますか。でも結局、それらの大半は今でも家の楽譜棚に眠ったままだったりします。(笑)
また、邦人作品では信長貴富さんの作品は新刊が出るたびに手に入れていました。女声合唱の作品はまだ多くなかったので、歌う予定も何もないのにそれらも手を出していました。
そしてなにより、今と異なるのが、こうした海外や邦人の作品を手に入れても、どんな演奏があるのかすぐにはわからないのです。しかし実際の演奏は聴いてみたい…。じゃあ、CDも買ってみよう!ということになってしまうわけです。(笑)
こうして、当時は楽譜に付随してCDも買い漁っていたため、ますます購入金額は膨れ上がるばかりだったのです。

⑤そんな買い方をしていたら
結局、こうした海外の面白そうな作品には手当り次第見てみるという無茶な買い方は続きました。しかし、沢山の面白い作品に出会えたことは何よりの財産です。
時は流れ、ある時パナムジカの社員さんとお会いする機会があったのですが、その時のことも忘れられません。私の名前を言った際に、「知っています!あんなに変な楽譜でも買ってくださるのはあなたくらいなので知っていますよ!」と教えてくださったのですから。(笑)
ナンテコッタ!

⑥これからもよろしくお願いします
長々と書いてきましたが、合唱への視野を広げてくださったのは間違いなくパナムジカさんだと思います。毎週の新刊案内が楽しみで欠かさずチェックしています。あれもこれも挑戦してみたくなる作品ばかりです。これだけ世界中で新しい作品が生まれている音楽の分野もありません。常に新たな試みや発見、刺激に満ちている合唱の世界とはなんて豊かなのでしょうか。
これからも欠かせない存在としてパナムジカさんの飛躍を願うばかりです。
乱文駄文の限りでしたが、お読みいただいたことを光栄に思います。ありがとうございました。

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