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メールアドレスを決めるのは難しい
「過去を引きずるのはよくないよな」
友人のケンジは行きつけのファミレスのメニューが変わり、よく食べていた「豚肉としらすのサラダパスタ」が無くなっていたことに肩を落としていた。
「黒歴史って言葉あるじゃん?やっぱり過去は振り返らずに消した方がいいと思うんだ」
こんな話をしてくるくらいだ、彼の身に何かがあったのだろう。
「だからメアドを変えたい」
そんなの好きにしてくれ。わざわざ声高らかに『メアド変更宣言』をしなくてもいい。
「お前わかってねぇな。メアド変えたら色々大変なんだぞ?みんなにメアド変更の連絡しなきゃいけねぇし」
確かにメールアドレスが変わったら「変更しました」の連絡が必要になる。
だが僕はこの行為に些か疑問が残っている。それは「今の時代メールアドレスはそんなに大事なものか?」というもの。
今や連絡の手段はほぼLINEである。通話もできる、グループを作って複数人と同時に気軽にやり取りができる。
なのでメールでのやり取りは「公式の」というかネットショッピングや企業とのやりとりなどに使用するようなものになっている気がしている。
そして僕はそもそもの疑問をぶつけた。それはなぜメールアドレスを変えたいのか?という事。
「長いんだよ。入力したりするときにめんどくさくて」
確かにそれはめんどくさい。僕は彼に現在のアドレスを教えてもらった。
「kenzi.eternallove.kisekinodelove@~」
僕はすぐに変更の手続きをしろと伝えた。この文字列は最悪すぎる。どこから指摘すれば良いのだろうか。
まずkenziだ。kenjiでいいではないか。なぜzにしているのだ。
「カッコいいだろ。矢沢もzだし」
矢沢はYAZAWAだからZなのだ。何にでも当てはまるものではない。ルールは守れ。
そして次のeternallove。エターナルラブ?永遠の愛?
「カッコいいだろ。一途な感じがして」
僕は「興味のない者から向けられる好意ほど気持ちが悪いものはない」という言葉を思い出した。カッコいい。のだろうか。
そして最後のkisekinodeloveだ。これがよくわからない。
「わかんない?奇跡の出会いだよ。出会いのあいを愛にしてlove。だからkisekinodelove。カッコいいだろ」
わからない。なんだその当て字は。キセキノデラブ?いい加減にしてほしい。
「このアドレス高校の時から変えてないから、愛着あるんだよな」
貴様は今30後半だ。今まで何のダメージも受けずにここまで来れたのが凄い。
「でも、もう候補は決まってるから」
ここまで来たらなんでも良い。このメールアドレスより最悪なことにはならないはずだから。
「ketsumeishidaisuki.zuttotomodachi@~」
僕はすぐにやめさせた。
「なんでだよ!いいだろ!どこがダメなんだよ!」
極論を言うと「別にいい」し「好きにすればいい」のだが、友人として止めなくてはいけない。ひとりの男が今後の人生で恥をかいていくのを見ていられない。
もっとシンプルで良いし、最初に長いと言っていたのはあなただ。
彼は頭を悩ませて、これはどうかな?と僕に見せてきた。
「comeonbaby@~」
根本が間違っている。そういうことではないのだ。
「難しいな……また今度にするよ。じゃあ俺先に行くわ」
そうして彼と別れた。その夜、1通のメールが届いた。見知らぬアドレスからのメール。題名の欄にアドレス変えましたとある。相手はケンジだった。
「mailnohenjiwakenjimade@~」
悪くないなと思った。