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コラム: レントゲンと飛行機旅行、どちらが被ばくが多いか①


0. 本記事のまとめ

・放射線はDNAを傷害する事で様々な影響を及ぼします。
・これには一定の線量以上の曝露で影響が出てくる確定的影響と、徐々にリスクが上昇する確率的影響の2種類があります。
・確定的影響は各臓器の障害に関連し、確率的影響はがん化に関連するものです。

1. そんなに何度もレントゲン撮って大丈夫?

Dr.Y:ふう、今日は忙しいなあ。まだ診察待ちの患者さんがたくさん。

看護師:先生、ちょっと来てもらえますか。

Dr.Y:どうしましたか?

看護師:15時から診察予定のCさんが、診察前のレントゲンを受けたくないと騒いでいるんです。

Dr.Y:どれどれ、ちょっとお顔を見に行ってみますか。


Dr.Y:こんにちは。Cさん。今日はこれからレントゲンを受けて診察という順番でしたね。どうかされましたか?

患者C:レントゲンなんて受けないわよ!!

Dr.Y:おや。前回の診察の時、次回レントゲン撮りましょうとお伝えしたはずですが。

患者C:よく考えたら、今年になってもう何度もレントゲンを受けてるのよ。最初にここを受診した時でしょう、それから健康診断でも1枚とったわ。今回またレントゲンを受けたら、もう3回目になるのよ。

Dr.Y:なるほど。もしかして、レントゲンによる被ばくの影響を気にされていますか?

患者C:当然でしょう!そんなにたくさん放射線を浴びたら、私おかしくなっちゃう。

Dr.Y:でも、Cさんの病気の事を考えたら、毎回レントゲンで状態をチェックするのはとても重要な事なんですよ。

患者C:そうかもしれないけれど・・・。

Dr.Y:ちなみに、Cさんは海外旅行には行かれますか?

患者C:なんですか。突然。よく行きますよ。年に1回、夫と2人で行きますけど。

Dr.Y:良いですね。行き先は?

患者C:ヨーロッパが多いです。それがなにか?

Dr.Y:ヨーロッパですか。歴史のある建築物がたくさんあって良いですよね。音楽や絵画なども素晴らしい。

患者C:・・・。

Dr.Y:ちなみにヨーロッパに行くときは必ず飛行機に乗りますよね。実は、飛行機に乗って上空高くにいるときも宇宙から降り注ぐ放射線の被爆を浴びているんですよ。

患者C:そうなんですか。でも、少ない量でしょう?

Dr.Y:確かに少ない量です。ただ、レントゲンで被爆する放射線量というのは、その飛行機でヨーロッパまで往復する間に浴びる放射線量よりもさらに少ないんですよ。

患者C:そんなものなんですか。

Dr.Y:レントゲンの放射線に対して漠然とした不安を持つ気持ちは分かりますよ。でも、1回の撮影で体にどのような影響がどのくらいあるのかきちんと知っておくのが大切です。

患者C:確かに、そういう具体的な事って全然知らないです。

2. 放射線がDNAを傷つける

Dr.Y:そもそも放射線って何かと聞かれたら一言で答えられますか?

患者C:いえ。分かりません。

Dr.Y:放射線というのは、エネルギーを持って移動する電磁波や粒子のことです。

患者C:電磁波といったら、スマホの電波も電磁波の一種ですよね?

Dr.Y:そうなんです。電磁波は「光子」というエネルギーを持つ粒子が、電場や磁場を変動させながら進む波のこと。波長の長い方から電波、マイクロ波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線があり、波長が短いほどエネルギーが高いと言われています。

患者C:同じ電磁波の中でもスマホの電波はエネルギー低め、レントゲンのX線はエネルギー高めという事ですね。

Dr.Y:はい。そしてエネルギーの高いX線とガンマ線が「電磁放射線」に分類されます。X線は物質を透過する性質と、蛍光物質を光らせる性質があるため、医療画像に応用されています。

患者C:じゃあ、どうしてX線は有害なんのかしら?

Dr.Y:X線が有害なのは、DNAにダメージを与えるためです。X線が直接DNAに作用したり、周囲の水分子を活性酸素という有害物質に変えてDNAを傷つけたりします。

患者C:DNAが傷つくと、どうなるんですか?

Dr.Y:3つのパターンが考えられます。DNAが正常に修復されるパターン、修復が不完全で異常が残ってしまうパターン、そして細胞が死んでしまう場合です。

患者C:もし修復が不完全で異常が残ってしまうと、どうなるんでしょうか?

Dr.Y:修復が不完全だと、がんの原因になる可能性があります。傷が多ければ多いほど、不完全な修復も増え、がん化のリスクが高まります。

3. ベクレル・グレイ・シーベルト

患者C:そんなリスクリスクと言われても、放射線をどのくらい浴びたらリスクが高いのか分からないから不安になるんでしょ。何か評価基準みたいなものはないのかしらね。

Dr.Y:あります。基準は主にベクレル、グレイ、シーベルトの3つの単位で評価されます。

患者C:3つも!?どれか1つに統一してほしいわね。

Dr.Y:すみませんね。分かりやすく言うと、ベクレルは放射線を出す側の単位で、放射線がどれだけ発生しているかを表します。グレイとシーベルトは受ける側の単位です。

患者C:なるほど。グレイとシーベルトはどう使い分けるのかしら?

Dr.Y:純粋に人体がどれだけ吸収したかを示す「吸収線量」はグレイを用います。

患者C:でも同じ「吸収線量」でも、放射線の種類や臓器ごとに影響が変わってきそうだけど・・・。

Dr.Y:その通りです。したがって、吸収線量に放射線の種類を考慮したものを「等価線量」、さらに臓器ごとの感受性を係数として加えたものを「実効線量」と言います。これらはいずれもシーベルトという単位で表します。

4. どのくらい被爆すると影響が出るのか

患者C: 実際の診療現場では有害な放射線照射量に関する基準はあるのかしら?

Dr.Y: ある一定の吸収線量を超えたら高い確率で影響が出始めますよというものを確定的影響と言います。この一定の吸収線量をしきい線量と呼び、臓器ごとにしきい線量は異なります。

患者C: 吸収線量というと単位はグレイでしたよね。

Dr.Y: はい。例えば骨髄だとしきい線量である500mGyを超えるとリンパ球数が減少してきます。あ、mGyはミリグレイ、1グレイの1000分の1です。また皮膚なんかだと3000mGy(=3Gy)がしきい線量とされ、これを超えると脱毛や皮疹が起きてきます。

患者C: ちなみに体の中でしきい線量がいちばん少ない臓器はなんなのかしら?

Dr.Y: 臓器とは言えませんが、妊婦さんにおける胎児ですね。妊娠初期で最も影響を受けやすく、100mGyで流産や奇形が起きやすいと言われています。

患者C: なるほど。それで妊娠中のレントゲンは敬遠されるのね。

Dr.Y: その他に精巣でも100mGyの照射により一時的な不妊になると言われています。ちなみに100mGy以下の吸収線量で確定的影響がおきる臓器はないので、被ばくは100mGy以下に抑えるというのが一つの指標になっています。

患者C: なるほど。

Dr.Y: 一方で、しきい値とは関係なく曝露が蓄積されるにつれて少しずつリスクが増えていくものもあります。

患者C: えっ?何ですか?

Dr.Y: がん化のリスクです。これは先ほどと異なり実効線量で評価し、確率的影響と呼ばれます。

患者C: 実効線量というと、吸収線量に放射線の種類と臓器の感受性を加味したものでしたね。

Dr.Y: その通りです。そして今度は単位はシーベルトでした。ここでも1シーベルト(1Sv)の1000分の1は1ミリシーベルト(1mSv)です。

患者C: どのくらいの実効線量の増加でどのくらいリスクが増えるのかしら。

Dr.Y: まだ不明の部分も多いのですが、国際放射線防護委員会(ICRP)では年間の曝露線量が100mSv増える毎にがんによる死亡の確率が0.5%増えるとしています。また、徐々に増えるといっても100mSv以上の話であって、それ以下の実効線量による影響については極めて小さいのでよく分かっていません。


参考文献:
環境省 「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(令和4年度版)」

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