見出し画像

喘息(22) 妊娠中こそ吸入薬を継続しましょう

0. 本記事のまとめ

・妊娠は喘息の悪化の原因の一つです。
・妊娠中の喘息悪化は赤ちゃんの先天奇形や早産、出生後の喘息発症などのリスクを上昇させます。
・喘息治療薬の中でも吸入ステロイドは妊娠中も安全に使えます。
・妊娠中こそ、喘息治療を継続しなくてはいけません。

1. 喘息発作の妊婦さん

Dr.Y: 今日は珍しく外来が早く終わったな。夜、時間があったら『地面師たち』の最終回でも見ようかな。

看護師: 先生、今外来に予約外受診の方がいらっしゃってるんですが。

Dr.Y: あー、いいですよ。こちらに来てもらってください。

看護師: それが結構苦しそうなので。外来処置室のベッドで休んでもらっています。

Dr.Y: 分かりました。どんな患者さんですか?

看護師: 33歳の女性です。当院に喘息で通院中の患者さんで、主治医はK先生みたいです。ちなみにK先生は今病棟で忙しくて来れないみたいです。

Dr.Y: では私が診察しましょう。今、その患者さんはどんな状況ですか?

看護師: 咳と喘鳴(ぜんめい)がひどく、ヒューヒューしています。それからサチュレーションは室内気(酸素投与を受けていない状態)で94%です。

Dr.Y: 少し低めですね。酸素を吸ってもらいましょう。他に何か情報ありますか?

看護師: 妊娠15週目らしいです。

Dr.Y: 妊婦さんですか・・・。分かりました。では、そちらに向かいますね。


<処置室にて>

Dr.Y: 失礼します。

河野: ゲホゲホッ。河野です。よろしく・・・ゲホッ・・・お願いします。

Dr.Y: 河野さんですね。おつらそうですね。横になれますか。

河野: いえ、咳がひどくて横になれません。

Dr.Y: いつもは喘息でK先生に診てもらってたみたいですね。カルテの記録を見ると、ちょっと前までは落ち着いていたようですが、いつから咳がひどくなったんですか?

河野: はい。1週間くらい前からです。ゲホッ。夜間の咳が増えてきたなと思ったら、今朝からはずっと咳が出ているんです。

Dr.Y: そうですか。聴診をさせてください・・・気道の狭窄音が強いですね。ヒューヒューいってます。

河野: 喘息が悪くなってしまったんでしょうか。

Dr.Y: おそらく。本来はレントゲンも撮って肺炎などないか確認したいところですが妊娠していらっしゃるので簡単には撮れませんね。熱もないし痰も少ないので、現時点では喘息の悪化と考えて治療しましょう。


2. 妊娠中に喘息発作を起こしたら・・・

河野: 治療って何をするんですか?

Dr.Y: まず、β刺激薬という気管支拡張作用のあるお薬をネブライザーで吸っていただきます。それでも症状や呼吸音が良くならなければ、ステロイドの点滴も必要ですね。

河野: えっ先生。さっきも言いましたが、私妊娠してるんです。そんなお薬使って大丈夫なんですか?

Dr.Y: 大丈夫です。これらの薬は赤ちゃんへの影響は少ないと言われているものばかりです。

河野: ゲホゲホッ、でも出来るだけ薬は使いたくないんです。できる限り安全に赤ちゃんを産んであげたいんです・・・。

Dr.Y: 慎重になる気持ちは分かります。しかし、河野さんの喘息が悪化しているという事はお腹の赤ちゃんも低酸素になっていて危険です。このような状況下で、喘息治療をためらってはいけません。

河野: 確かに・・・。そうですよね、今の状況は確実に赤ちゃんに負担かけてしまってますものね。・・・分かりました。ではお願いします。


3. 妊娠中は赤ちゃんのためにも喘息治療を

<ネブライザー治療、15分後>

Dr.Y: だいぶ落ち着いてきましたね。喘鳴(ぜんめい)も消えてきました。大事をとって入院してもらおうかと思っていたのですが、今日は帰れそうですね。

河野: 良かったです。

Dr.Y: 妊娠中に喘息の発作が起きてしまって不安だったでしょう。

河野: 実は、K先生に出してもらっていた吸入薬、妊娠してからは自己判断で使ってないんです。お腹の赤ちゃんに影響があるといけないと思って。

Dr.Y: あれっ?吸入薬を使ってなかったんですか?

河野: やはり、それが原因でしょうか・・・。

Dr.Y: そうですね。まず妊娠そのものが喘息の増悪因子です。過去の研究ですと、妊婦さんの約3分の1が喘息が悪化すると言われています (2)。

河野: そうなんですか・・・。

Dr.Y: ええ、ですからなおさら吸入薬は続けなくてはいけません。

河野: でも、吸入薬にはステロイドも入っているでしょう。妊娠中にそんな薬、怖くてとても使えません・・・。

Dr.Y: 河野さん。よく誤解されている事なんですが、喘息治療薬の多くは、妊娠中も安全に使えるものばかりです。

河野: ・・・はい。

Dr.Y: 特に吸入薬に含まれるステロイドに関しては、赤ちゃんへの影響はほぼ無いと言われています (3)。

河野: K先生にも、そう言われていたんです。でも、どうしても抵抗があって。

Dr.Y: 気持ちはわかります。ただね、今みたいに喘息のコントロールが悪くなってしまうと、お腹の赤ちゃんも酸素が足りなくなって早産や先天異常のリスクが上がると言われています (4)。

河野: それは出来るだけ避けたいです・・・。

Dr.Y: また、妊娠中の喘息のコントロール不良は、赤ちゃんが産まれた後の喘息発症のリスクも上げてしまうという報告もあるんですよ (5)。

河野: ・・・そうなんですか!?

Dr.Y: ですから、お腹の赤ちゃんのためにも、これからは吸入薬をしっかり使うようにしてください。それから今日はステロイドの内服薬を処方するので、5日間はきちんと内服してくださいね。

河野: 分かりました。どうもありがとうございました。

参考文献;
1) 日本喘息学会 喘息実践ガイドライン2024
2) Schatz M, Harden K, Forsythe A, et al. The course of asthma during pregnancy, post partum, and with successive pregnancies: a prospective analysis. J Allergy Clin Immunol. 1988;81(3):509-517. Accessed September 21, 2024.
3) Hodyl NA, Stark MJ, Osei-Kumah A, Bowman M, Gibson P, Clifton VL. Fetal glucocorticoid-regulated pathways are not affected by inhaled corticosteroid use for asthma during pregnancy. Am J Respir Crit Care Med. 2011;183(6):716-722. doi:10.1164/rccm.201007-1188OC
4) Demissie K, Breckenridge MB, Rhoads GG. Infant and maternal outcomes in the pregnancies of asthmatic women. Am J Respir Crit Care Med. 1998;158(4):1091-1095. doi:10.1164/ajrccm.158.4.9802053
5) Liu X, Agerbo E, Schlünssen V, Wright RJ, Li J, Munk-Olsen T. Maternal asthma severity and control during pregnancy and risk of offspring asthma. J Allergy Clin Immunol. 2018;141(3):886-892.e3. doi:10.1016/j.jaci.2017.05.016


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?