コラム: 医師の「変わりない」と患者さんの「変わらない」
噛み合わない医師と患者たち(1)
本記事のまとめ
■医師の「変わりない」
→悪化してない。安定している。慢性の病気ではまずまずの結果。
■患者の「変わらない」
→良くなってない、もっと良くして欲しい。他の治療はないのか。
■問題点
治療目標に関する共通認識が欠如している。
古田さん:慢性閉塞性肺疾患(COPD)。喫煙の影響で肺に穴があいたり(肺気腫)、気管支の壁が厚くなったり(慢性気管支炎)する病気。不可逆性の病態であり、現状維持が目標となる。
古田さん: 失礼します。
Dr.Y: どうぞ。お変わりないですか?
古田さん: 特に変わらないですね。
Dr.Y: そうですか、良いですね。息切れは増えてないですか?
古田さん: 増えてはないですね(減ってもないけど)。相変わらず階段上がったり急いで歩くとフウフウしますね。
Dr.Y: このCOPDという病気は動いた時に息切れする病気でしてね。処方した吸入薬は毎日使えてますか?
古田さん: 一応毎日やってますけどね。本当に効いてるんだかどうだか。(全然良くなってる感じがしないなあ)
Dr.Y: ちゃんと効いてますよ。今日の呼吸機能検査も前回と変わりなかったですよ!
古田さん: そうですか。検査データも変わらないですか・・・(もう半年も治療しているのに。)
Dr.Y: とても順調ですね。半年間しっかり吸入薬の治療を続けてもらったおかげです。
古田さん: ・・・(順調?)
Dr.Y: 体重はどうですか?
古田さん: 頑張って食べるようにはしてるんですけどね。体重が全然増えないですね。
Dr.Y: 痩せやすい病気ですからね。体重は減ってはないですか。
古田さん: 減ってはないですね。
Dr.Y: なら大丈夫。
古田さん: ・・・(増えてないのに大丈夫とは?)
Dr.Y: 他に何か気になる事はありますか?
古田さん: 変わらず痰が絡むんですよね。
Dr.Y: 痰の色は?
古田さん: 白色です。前回も去痰剤をいただいているんですが、一向に痰が減らないです。
Dr.Y: 痰の色が黄色とか緑になってきたら要注意ですよ。でも今のまま変わりなければ大丈夫です。
古田さん: そうなんですか・・・。
Dr.Y: それじゃあ前回と同じ薬出しときますね。
古田さん: えっ、症状が変わらないのに薬は前回と同じですか。
Dr.Y: ええ、お変わりないようなので。同じ薬を続けて現状維持しましょう。
古田さん: ・・・。
Dr.Y: また来月お願いします。
古田さん: またよろしくお願いします。では失礼します。
Dr.Y: お大事にどうぞ。
記事を自分で読み返した時に、自分で創作しておいて「この医者は酷いやつだな」と思いました。しかしここまで顕著でなくても似たような状況には日常診療で時々遭遇します。以下、感想です。
呼吸器の病気では完治ではなく現状維持を目標にならざるを得ない病気がたくさん存在します。
しかし患者さんにとっては、名前すら初めて聞くような病気を告げられた時に、完治が目標なのか、現状維持が目標なのか、当然ながら区別ができません。
本記事は「変わりない」と「変わらない」における微妙なニュアンスの違いを題材にしていますが、問題の本質は治療目標を患者と主治医が共有できていない所にあります。
こういった目標の共有をスムーズに出来る時もあれば苦労する時もあり、コミュニケーションの難しさを実感する今日この頃です。