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【書籍紹介】 がん治療革命 ウイルスでがんを治す (文春新書)

登場人物
Dr.Y: 総合病院に勤務する呼吸器内科医。
友人K:Dr.Yと古くから付き合いのある友人。商社勤務。


Dr.Y: こないだ、膠芽腫(こうがしゅ)の治療開発に関する本を読んだ話をしたの覚えている?

友人K: 下山進さんの『がん征服』だよね。脳腫瘍の中でも極めて予後が悪い膠芽腫の治療開発の話だったよね。ブレイクスルーとなり得るのはBNCT、光免疫療法、ウイルス療法、3つだったっけ。

Dr.Y: 実はあの後もう1冊読んだんだ。『がん征服』では第三者的な視点で書いていたけれど、今度は当事者の藤堂具紀(とうどうともき)先生の著書だよ。

友人K: へー、藤堂先生は3つの治療のうち、どれを開発したの?

Dr.Y: ウイルス療法だよ。「がん治療革命 ウイルスでがんを治す (文春新書)」というのがこの本の題名。

友人K: 読んでみてどうだった?

Dr.Y: 『がん征服』と同様に膠芽腫の治療開発がテーマで、書かれている内容も結構重複しているけれど、文章の書き方が全く違うなと。

友人K: どんなふうに違ったの?

Dr.Y: 『がん征服』では3つの新規治療を柱に膠芽腫の治療を俯瞰的に眺め、かつノンフィクション作家らしく読者の感情を揺さぶるような書き方をしている。

Dr.Y: 一方で、『がん治療革命 ウイルスでがんを治す』では藤堂先生は科学者らしくウイルス療法の開発について淡々と記述し、必要以上に誇張しない。

友人K: 書く人のスタイルによって変わるんだね。そもそも膠芽腫に対するウイルス療法というのは、どんな治療なんだっけ。

Dr.Y: 「G47Δ(ジーヨンジュウナナデルタ)」という薬で、ヘルペスウイルスに癌細胞を殺させるんだ。

友人K: ヘルペスウイルスに殺させる、というのはどういう仕組で?

Dr.Y: ヘルペスウイルスの遺伝子に変異を起こして、膠芽腫の患者さんに感染させるんだよ。

友人K: どんな変異を起こすの?

Dr.Y: 大事な変異は3つあってね。最初の2つは、感染細胞のアポトーシス阻止や細胞内でのウイルスのDNA合成に関する変異。これらの変異が加わる事で、ウイルスが癌細胞の中でしか増殖できなくなるらしいんだ。

友人K: なるほど。そうやって癌細胞だけを攻撃するウイルスができるわけだね。

Dr.Y: ただし、これだけだとまだ効果が弱いらしい。キーとなるのは、最後の3番目の変異だよ。

友人K: 3番目の変異とは?

Dr.Y: α47という遺伝子に変異を起こす事で、感染細胞が積極的に抗原提示をしてくれて周囲の免疫細胞から攻撃対象として認識されやすくなるみたいなんだ。

友人K: なるほど。癌細胞からしたら、細胞内のウイルスからも細胞外の免疫系からも攻撃される、まさに挟み撃ち状態になってしまうわけだね。

Dr.Y: 現在膠芽腫に対して承認が降りているのはこの「G47Δ」だけなんだ。もっとも、条件付き承認という形で、承認後の治療成績が厳密に評価されているところだけどね。

「G47Δ」の有効性を報告したネイチャー・メディスンの論文
Nat Med . 2022 Aug;28(8):1630-1639. doi: 10.1038/s41591-022-01897-x.

Dr.Y: 実は、下山進さんの『がん征服』の中では、この「G47Δ」の承認は問題点もはらんでいると書いてあったんだ。

友人K:問題点?どうして?

Dr.Y: 前回説明したBNCTと「G47Δ」は第2相試験までの治療成績はほぼ一緒なんだ。それなのに「G47Δ」だけ第3相試験を免除され条件付き承認を得られるのは矛盾しているのではないか。

友人K:BNCTはホウ素と中性子の核反応により癌細胞を破壊する治療だね。確かにそれは奇妙だね。

Dr.Y: 国の定めた「条件付き承認制度」の基準の中の曖昧な部分や、きちんと第3相試験まで行う必要があるのではないか、そして藤堂先生グループの承認の通し方が強引だったのではないか、という問題提起がされている。

友人K:じゃあ、下山進さんの本では、「G47Δ」は少し懐疑的にかかれていたわけだね。

Dr.Y: うん。そういう背景もあって、批判されている藤堂先生自身の著書を読んだらどんな事が書いてあるのかな、というのがこの本を読んだ一番の動機だよ。

友人K:それに関してこの本ではなんと?

Dr.Y: 日本での薬事承認制度にもっと柔軟性をもたせるべき、特に希少疾患において第三相試験を求めるのは医療の実情を知らない人たちだ、と明言しているよ。

友人K:Yはどう思った?

Dr.Y: 「G47Δ」だけ承認された事がおかしいのか、BNCTだけ承認されていない事がおかしいのか、という点については、正直よく分からない。

Dr.Y: 問題の本質は、希少疾患に対する新規治療の評価方法が成熟していない事だから、その議論がより進んでいけばよいなと思ったよ。それは「がん征服」の方でも何度も提起されていた問題だけどね。

友人K:希少疾患であるほど、従来正しいとされてきた新規治療の評価方法が馴染まなくなっていくんだね。どうすればよりスムーズかつ正当な薬事承認ができるようになるんだろう。

Dr.Y: システムだけをアップデートしようとしても限界があるのでは。藤堂先生自身は本の最後の方で、現在の創薬や治療開発に関する課題をいくつも提起していて、個人的にはそこが一番興味深かった。

友人K:どんな課題を提起しているの?

Dr.Y: 日本国内でのアカデミアとベンチャー企業の提携促進や、基礎研究から臨床開発までを一連の流れで行う「トランスレーショナルリサーチ」を専門とする基幹病院の設置、臓器別のカテゴリーを超えた広い意味でのがん治療の開発など、膠芽腫の治療だけにとどまらない医療全体の進歩に向けた非常に先見的な内容だと思ったよ。


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