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喘息(2) レントゲンで他の疾患の可能性を除外しましょう

登場人物:
Dr. Y:総合病院の呼吸器内科に勤務する男性医師。今年で40歳になる。趣味はお酒と筋トレ、スポーツ観戦全般、プログラミング。既婚。2児の父親。
吾妻さん:都内で外資系メーカーに勤務する女性。34歳。趣味は読書とマラソンと古墳巡り。既婚だが子供はいない。

吾妻さん「レントゲン撮ってきました!」

Dr.Y「おかえりなさい。では一緒に見てみましょう」

吾妻さん「お願いします」

Dr.Y「我々呼吸器内科医はレントゲンを見る時に見逃しがないようにある程度決まった順番でチェックポイントを見ていくんですが、全部伝えていると混乱させてしまうので簡潔に。」

吾妻さん「勿体ぶらないで早く教えて下さい」

Dr.Y「結論から言うと、肺に異常な影はありませんでした。透き通っていてとても綺麗ですね!」

吾妻さん「本当ですか?良かったです。」

Dr.Y「心臓の大きさもスリムで問題なさそうですね」

吾妻さん「安心しました。異常がないという事ですね・・・ん?でもさっき喘息を疑ってるような事を仰ってましたよね。喘息ではなかったという事ですか」

Dr.Y「いえ、そもそも喘息の異常所見がレントゲンにあらわれてくる事は非常に少ないです」

吾妻さん「そうなんですか!?じゃあ何故レントゲンを撮ったんですか?私は意味のない検査をやらされたという事ですか?」

Dr.Y「落ち着いてください。レントゲンを撮りに行く前に私が何と言ったか覚えていますか?」

吾妻さん「えーっと、咳が長びく他の病気を除外するため、でしたっけ」

Dr.Y「そうです。例えば結核とか、肺がんとか、間質性肺炎とか、そういう喘息以外の危険な病気がないかどうかを調べるためです。」

吾妻さん「確かに最初から喘息一本で決めつけは良くないですもんね」

Dr.Y「そして、そういった病気は現時点では考えにくいと思います」

吾妻さん「『現時点では』?なんか誤診だった時のために保険かけてません?大丈夫ですか先生?」

Dr.Y「違います。検査に絶対はないという事です。どんな検査もどのくらいの確率で病気を引っ掛けられるかという指標があります。これを『検査感度』と言います」

吾妻さん「コロナの時の抗原検査でどの位正確に引っ掛けられるか、という話と似てますね」

Dr.Y「その通りです。コロナの時は本当は感染していてもまだ初期だったり採取方法が甘かったりすると抗原検査も陰性になっていました」

吾妻さん「同じことがレントゲンでも言えるわけですね」

Dr.Y「そうです。例えば、レントゲンで同定できるのは5mmまでの病変と言われています。それより小さい病変になるとよほど目立つ位置にないと同定できません」

吾妻さん「なるほど。そうするとある程度大きくならないとレントゲンでは見つけられないという事ですね」

Dr.Y「病変の大きさだけではありません。息の吸い方が甘かったりしても病変が見つけにくくなります」

吾妻さん「色々あるんですね。体の横からも撮影しましたが、それも検査感度をあげるためですか?」

Dr.Y「そうです。特に肺の背中の方は心臓や横隔膜といった他の構造物と重なってしまって前後方向の撮影だけだとよく見えません」

吾妻さん「レントゲンって専門家が目を凝らせば何でも見えているものだと思ってましたが、意外と制約も多いんですね」

Dr.Y「その通りです。そこで、より感度の高い検査がCTということになりますが、それでは最初から全例でCTをとるかというと、それは過剰でしょう」

吾妻さん「放射線の被爆も大きいですしね」

Dr.Y「あくまで、ひとまず大枠は違いそうだというところで落とし所としているわけです。他の検査でも、多くの場合、似たような考え方をすべきです」

吾妻さん「よく『検査の結果、Aという病気は否定的であった』、という言い方を聞きますが、それは間違いですか」

Dr.Y「正確な表現をこころがけるなら、正しくないでしょう。慎重な医師ほど『否定的』という言葉を使いたがりません」

吾妻さん「それで先程『現時点では』という接頭語をつけたんですね。他にもそういうニュアンスの表現はありますか?今後病院を受診する際の参考にしたいです」

Dr.Y「他に、『明らかな異常はなかった』とか、『●●の可能性は低い』とか、そんな言い方をする医師が多いんじゃないでしょうか」

吾妻さん「なるほど。どれも完全に否定する言い方ではないですもんね。」

Dr.Y「もちろん医師の中には『否定的』や『除外された』とか断定的な言い方をする人もいます」

吾妻さん「そういうお医者さんは慎重さに欠けるという事ですね!」

Dr.Y「笑。必ずしもそうとは言い切れません。検査の中には除外診断に適したものがあります。例えばDダイマーなど」

吾妻さん「Dダイマーですか?」

Dr.Y「主に血栓を調べる検査なんですが、感度が80〜95%と言われており、検査の中では極めて高い部類です。その分他の病気でも陽性になりやすいので確定診断には不向きですが」

吾妻さん「確定診断に向いている検査と除外診断に向いている検査があるということですか」

Dr.Y「その通りです。多くの場合、この2つは両立しません。あとは、本心では否定できないと思っていても、患者さんに分かりやすく説明するために、敢えて断定的な言い方をする医師もいます」

吾妻さん「でも、正直、断定的な言い方をしてくれた方が白黒はっきりしていて信頼できそうです」

Dr.Y「患者さんとの信頼関係を構築するために、こういうスキルが必要な場合もあります。でもやはり、極力正確な表現を伝えたいと思っています」

吾妻さん「お医者さんも検査の伝え方一つで色々悩むものなんですね」

Dr.Y「分かってもらえて嬉しいです。さて、レントゲンで肺癌や結核などは『現時点では』除外されたという前提で、次の検査にいきましょう」

吾妻さん「次の検査とは?」

Dr.Y「肺機能検査。除外診断ではなく、喘息の診断に向けた検査です」


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