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永遠は一瞬の中にある(映画 桜のような僕の恋人)

今日の名古屋はあいにくの雨。天気予報を見て、昨日のうちに買い出しを済ませておいたので、今日は朝のウォーキング以外は引きこもってました。

久しぶりに観た映画は、Netflixで配信されてる「桜のような僕の恋人」です。

映画の内容は、既にnoteでも沢山の方が書かれていますので、ここでは僕が感じた事を書き残しておきます。

ストーリーの中で、最も大事な物がありました。それが「写真」です。

プロのカメラマンを目指す主人公は、師匠からこう言われます。

「君は写真に、どんな願いを込めますか?」

その答えは、最終盤の主人公が撮影した写真で見事に表現されて、そして、その願いが、大切な人に伝わる瞬間が訪れます。そのシーンでは、涙が止まらなくなりました。

写真が切り取るのは、一瞬です。

でも、その一瞬が生まれるときには、カメラを持つ人が感じた事や、その一瞬に至るまでの人とのやり取りなど、いろんな想いや感情が常に傍にあります。

そして、その一瞬に一緒に居合わせた人は、その写真を見ればいつでもその瞬間に心が戻れる。一瞬を切り取る事で、永遠に残るものになるのだと思います。

僕が小学生の頃、誕生日に撮った家族写真。切り取られた瞬間は、誕生日のケーキと一緒に、かしこまった顔をした子供が写っているだけです。

でも、僕はその写真を見るたびに、好きなイチゴのケーキを選ばせてもらったことや、大袈裟に三脚まで持ち出してカメラをセットする父の姿や声を、思い出します。

動画配信がこれだけ一般的になっても、写真が廃れないのは、きっと撮影された物が、願いや想いだからなのかも知れません。

主人公が個展に出品した作品を見て、師匠がこう言います。

「誰かの為だけに撮った写真、ってものを、僕は初めて観たよ」

スマホで気軽に撮れるからこそ、時に、自分が目にする瞬間を、願いを込めて丁寧に切り取る。綺麗だなぁ、と感じたら、その気持ちを一瞬に込める。

それも、毎日を丁寧に生きることに繋がるのだと、僕は思う。

ちなみに、この映画の主題歌はMr.childrenです。良い曲なので、聴きながら、エンドロールを最後まで観てください。僕はそこでも大泣きしました。

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