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スイスの森林所有者は林業への意識が低い…?

森林所有者の林業への意識は日本とスイスでそれほど変わらない

日本では、森林所有者の林業(ここでは木材生産の意)への意識が低いということがたびたび取り上げられます。例えば林野庁の調査では、林業経営者(素材生産業者)の70%が経営規模の拡大を望んでいるのに対し、森林所有者で同様に考えているのは15%に満たないとしています。

我が国林業の構造的な課題(H29森林・林業白書)
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/29hakusyo_h/all/chap1_1_3.html

この原因として、木材価格の低迷に加えて、機械化の遅れと小規模所有者が多いことによる効率の悪さが継続して指摘されていて、この年の森林・林業白書では同様に小規模所有者の多いオーストリアに学べること、という特集が組まれています。

では、私がずっと追いかけているスイスではどうでしょうか。

2017年から2018年にかけて行った連邦環境省のサンプリング調査によれば、森林所有者の35%が無関心、21%が木材生産、17%が総合的な有用性(「経済も環境」もの意)、16%が公益的機能(防災や景観など)、11%が自然保護に関心がある…という事例があります。

Third of Swiss forests in private hands(2018)
https://www.swissinfo.ch/eng/society/woodland-health_third-of-swiss-forests-in-private-hands/44577120

質問の項目が違うので単純には比較できないのですが、森林所有者の林業(木材生産)への意識という点では、データ上は日本とどっこいどっこい、すなわちあまり興味がないと言えるのではないかと思います。

スイスを訪れた際に、このことを実感した出来事がありました。

照査法の聖地~クベの択伐林

スイス/ヌシャテル州にある「クベの択伐林」といえば、林学を学んだ人であれば「ああ、照査法のね」という場所。今でも世界中から視察者が訪れる有名地ですが、最近の日本の森林科学ではあまり取り上げられなくなったようです。

図1 照査法の径級分布グラフ

照査法というのは、択伐林(皆伐せずに抜き切りだけで林業経営を継続していく森)を管理するためのひとつの考え方・管理手法。木の太さ別に本数をグラフ化すると理想的な択伐林は逆J字の曲線になるのですが(図1)、ここから上にはみだす木を定期的に伐っていけば、永続的に木材生産が続けられますよね、というのが大まかな理論。

アンリ・ビヨレイというイタリア生まれのフォレスターがこの森を作り上げ、今でも皆伐せす・植えず(すべて天然下種更新)という林業経営が100年以上続けられています(写真1)。

写真1 クベの択伐林(8年に1回、択伐で収穫が行われる)

60年放置された択伐林で何が起こったか

この択伐林の多くは村有林なのですが、一部は私有林になっています。そして案内されたのが、「以前は択伐林施業をしていたけれど、60年前から何もしていない」という私有林でした(写真2)。

写真2 以前は択伐林だったが、60年間放置された林分

60年間の放置期間に何が起きたのでしょうか。まず林分材積(木材のストック)は、350㎥/haから950㎥/haになりました。ずっと木を伐らなかったからですね。え?資産が増えたのだから良いことでは?と思われるでしょうか。

放置林(写真2)を見ると、定期的に択伐されている森(写真1)に比べて大きくて太い木がたくさんある一方で、中くらいの木と小さな木が極端に少ないことがわかります。つまり複雑な構造だった森がこの60年間で単純化したことになります。

将来皆伐(丸刈り)をしたいのであればこれでも良いのですが、ここは皆伐が禁止されているスイスです。さらに、次の世代、次の次の世代の木々が少ないということは、木材生産だけではなく、森から得られるその他の恵み(防災、生物多様性、レクリエーション)の持続性にも影響します。

択伐林の数字的な目標は林分材積の最大化ではなく、成長量の最大化。そのためには定期的に伐採して林分材積を中庸に保ち、適度に明るくすることで活力を上げて行くことが必要になります。これは結果的に下層植生が発達するので環境(防災や生物多様性)にも貢献します。

なので、担当フォレスターは森林所有者に度々「この森の手入れをしましょう」と持ちかけました。しかし、スイスではフォレスターの許可がないと森林所有者といえど木を伐ることはできませんが、一方でフォレスターの「伐りましょう」という提案を拒否することができます。

つまり60年間、この森林所有者はサインしなかった…というわけですね。

この間何があったのかは詳しくは教えてもらえませんでしたが、ともかく拗らせてしまったようです。このあたり日本でもあるあるなので、解説を聞いたとき妙に親近感が湧いてしまったことを記憶しています。

もとに戻すのに何年かかるのか

案内してくれた州の林政担当者は、5年スパンで5回間伐を繰り返して、そのあと8年スパンで4〜5回間伐すれば、またもとの択伐林に戻るだろうというプランを示してくれました(図2)。

図2 放置林をもとの択伐林に戻すためのプラン

所有者はサインしてくれそう?と聞いてみたら、それには Yes とも No とも答えず、所有者の息子と話をしていると言っていました。まあ…そうなるのもわかりますけどね、と。

そして最後に案内者がつぶやいたことが印象的でした。

60年放置した森をもとに戻すには、60年かかるんだよ

パスカル・ジュノー/ヌシャテル州森林事務所長

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