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【短編小説】儚い春と、僕の彼女
夢乃は白いワンピースのよく似合う女性だった。
春風になびく柔らかいリネンのスカート。
大きなリボンのついたカンカン帽がお気に入りで、デートの際には好んで合わせていた。
控えめで透き通った印象のメイクが夢乃にはよく似合う。
週末に2人で出かけるのがいつのまにか習慣になっていて、目的を提案するのはいつだって彼女だ。
どこから調べてきたのか、お洒落なカフェや近隣のイベント情報をすぐに提供してくれる。
「スタバの新しいフラペ、飲みたいなぁ」
2日前の電話で彼女がそう言っていたので、その日はそれぞれ昼飯を済ませてから15時に駅で待ち合わせることになった。
土曜日の駅はとにかく人が多い。
中央改札にある大きなモニュメントの前が2人の恒例待ち合わせスポット。
人混みを縫うようにして進むと、柔らかい影が見える。
5分前に到着した僕よりも早く、夢乃はその前に立って本を読んでいた。
その日も白いワンピースだった。
同じデザインのものを見たことがあったような気がしたが、昨日買ったばかりのおニューだといって嬉しそうにひらひらとなびかせてる。
肩紐のデザインが違うのだと説明してくれたが、同じようなテイストの服ばかり買う理由が僕にはわからなかった。
いかにも観光地といった整った景観。
海沿いをしばらく歩いた所にある新しいスターバックスが彼女のお気に入りだった。
さすがに週末は人が多いが、平日の2階席は穴場らしい。
ここから聞こえる船の汽笛が好きで、たまに足を延ばすのだと前に夢乃は言っていた。
お楽しみのフラペチーノを注文した彼女は、カウンター越しに店員の作業をワクワクしながら観覧している。
僕はドリップコーヒーを購入して座れるところを探すが、店内は人でごった返しており、彼女のドリンクの完成を待ってから外のベンチに移動することになった。
「やっぱり人多いね。今日は暖かいし、外でもいいけどね」
緑のストローを咥えて、幸せそうに頬を緩める彼女。
ピンク色のフラペチーノは夢乃が大好きないちごのフレーバー。
先ほどスマホで写真を撮っていたが、女子はそういうのが本当に好きだよな。
付き合い始めた頃は正直少し呆れていたのだが、いつもいつも記録する彼女に最近は尊敬の念すら抱く。
まるで、食べたもの図鑑を製作中の学者のような執着だ。
風になびく春色のボブカット。
薄いピンク色のリップ。
小さな桜モチーフのピアスは付き合ってはじめての誕生日に僕がプレゼントしたものだった。
ボーーーーっと地に響く音。
見れば港から一隻の船が沖へ向けて動き出していた。
それを目で追いながら、夢乃はなにを考えているんだろう…。
彼女の横顔を見ているのが幸福で、こんな日々が一生続くのだと、僕は勝手に思っていた。
合鍵を差し込んでドアを開ける。
一人暮らしの彼女の部屋の中は、また少し荒れていた。
「夢乃、おはよう」
仕事が休みの土日はなるべく朝から夢乃の所に顔を出すようにしている。
平日も仕事が終わった後で、何か食材を買い込んでから立ち寄る。
そうでもしないと彼女がいつのまにか居なくなってしまうんじゃないかと、僕はやりようのない不安をそうやって誤魔化していた。
パジャマ姿の彼女はまた少しやつれたような気がする。
僕が食事を用意しても、ほとんど口をつけられない日が続いていた。
僕が何かを作っても、食欲がわかないのだという。
以前は喜んでくれていた和風ペペロンチーノも、ひとくちだけ食べて残してしまった。
あんなに好きだったカフェ巡りもしばらくできていない。
薬を貰いに病院にいく時ぐらいしか、夢乃は外に出られないのだ。
ぼーっと宙を見ていた、と思えば突然泣き出す。
「死にたい」「辛い」「なにもしたくない」「消えてしまいたい」
力ない声でそんな事を呟くようになった。
好き放題に傷んだ髪、目の下の黒い影、荒れた肌。
心も体もボロボロな夢乃を見るのが辛かった。
3ヶ月程前、糸が切れた操り人形のように、彼女は“生きること”を放棄した。
自殺こそしようとはしなかったが、家から出たくない、誰とも会いたくないと繰り返すようになり、そんな彼女を僕は半ば強制的に心療内科に連行した。
医師への状況説明のほとんどを僕が代行し、その日は精神安定剤を処方されて帰された。
後日うつ病と医師に告げられ、診断書を彼女の職場へと持っていった。
夢乃は数回の無断欠勤ののち、しばらくの休職とさせてもらうことになった。
カウンセリングの中でも、彼女がこうなってしまった理由ははっきりしてこなかった。
小さなストレスの積み重ねでしょう、と言うカウンセラー。
自分が情けなくてしょうがなかった。
どうしてもっと早く気づいてやれなかったのか、ずっと側で見ていたのに…。
換気のために少し窓を開けると、涼しい風が頬をかすめていった。
気がつけば日が落ちるのも早くなっている。
苦しい夏が終わり、いつのまにか季節が秋に移ろうとしていたのだ。
僕の出来る限りの時間で、傷心の夢乃に寄り添う生活。
彼女を見ているのはもちろん辛かったが、苦痛ではない。
最近、はじめの頃よりいくらか僕と言葉を交わしてくれる頻度が増えたように感じる。
それが嬉しかった。
今日はスーパーで見つけたストロベリーティーを持ってきた。
ティータイムが好きだった彼女が、また陽だまりのような笑顔を見せてくれたら…と淡い期待を抱いていたのだと思う。
10時の茶菓子はチョコレート。
マグカップに熱湯を注ぐと、ベリーの甘酸っぱい香りが暗く籠もった部屋に満ちた。
久しぶりのティータイムだな、と思った。
毎週のようにどこかへ出かけていた日々が遠い過去になってしまった。
僕らの日常の中心が、いつのまにかカーテンの締められた暗い部屋に移行していたのが悲しく、そんな事を考えていると僕まで涙が溢れそうになる。
コーヒーフレッシュをカップに垂らし込む。
澄んだ琥珀のような色のお茶に、白い筋がいくつかできた。
ティースプーンでかき混ぜると、やわらかく濁ったミルクティーになる。
カップの中で混濁した2つの色。
出会い、交わり、ひとつになる。
「おいしい」
猫舌の夢乃がカップに口をつけたのは少し時間が経ってからだったが、ひとくち飲んだ彼女はほんの少し嬉しそうなトーンでそう言った。
付け合わせのチョコレートを頬張る彼女が涙ぐんでいる。
「久しぶりに、美味しいって感じたの」
いつだったか、「最近味がしない」と言っていた。
肩を震わせて夢乃は泣いた。
悲しくて泣いているのではなく、きっと彼女は喜んでいるのだ。
潤んだ瞳で僕を見る、その目にいつかと同じ輝きが見えた。
気持ちが溢れる。
僕の涙も追かけるように一粒落ちた。
「よかった、よかったよ夢乃」
子供のように泣きじゃくる彼女を強く抱きしめた。
マグカップの中で1つになった紅茶とミルクのように、この小さな世界で僕たちは、また1つになっていければいい。
End. 2018.05.17
3つのお題をテーマに執筆《ワンピース》《混濁》《ティータイム》
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