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わたしのすきなアイドル

この文章は、わたしが13年間好きなアイドルについて、兵役前後の彼の言動から考察を試みたものである。内容は、あくまでわたしの妄想の域を越えない。彼のファンの方には共感していただける部分もあると思うし、彼を知らない人にも、いちファンがアイドルに対して抱く感情のサンプルとしてお読みいただきたい。

AceのIdentity

きわめて観念的。
わたしがテミンというアイドルに抱く感情のことだ。
テミンはSHINeeの末っ子でメインダンサー。2008年5月、満14歳でデビュー。韓国が国をあげて支援しているK-POP事業、その中でもあらゆる有名グループを抱える最大手の事務所SMEntertainmentにいて、ソロデビューすれば東方神起のチャンミンをして『ACE』という曲を書かせた少年。カリスマみなぎるパフォーマンスと謙虚な人格で、ロールモデルに挙げられることも多い。贔屓目なしに、Ace of Ace、King of Kpopだ(有り余るほどの贔屓目)。

けれどそんな事実は後付けだ。わたしは他のメンバーであれば、この人はこういう人で、こういう決断をするんだろうなとか勝手に語ることができるのに、テミンに関しては考えようとすればするほど何も知らないことに気づかされ、慄然とする。今日彼をはじめて見た人と同じ遠さがある。お金も時間もギガも捧げ、何より見つめた顔であるはずなのに、目の形や眉の細さを思い浮かべろと言われても無理だし、顔にホクロがあることさえ知らなくて、気づいたときは、ある日突然できたのだと思った。人間性や考え方についてもそうだ。他のメンバーが感極まる場面でもニコニコしていたとか、それくらいしか印象に残っていなくて、よくない意味であまり期待していなかった(ごめんなさい。2017年以降、彼の思慮深さに触れることが多くなった)。
それだから、彼が『Idea』という曲を出したのには的を得ていてギクリとしたし、腑に落ちた。わたしの見方は意図されたものだったのだろうと。そんなふうであったわたしが13年、一途に惹きつけられつづけたのは、はじめて見たときのボタンのように光を吸い込む黒々とした彼の目と、あらゆるものを補って余りある、音も重力も感じさせない身のこなしの衝撃だった。

K-POPの男性アイドルは、最も脂の乗る28〜30歳のころに兵役義務を遂行する。年齢差が大きかったり人数が多いグループでは、バラバラで入隊すると全員が除隊するまでに10年弱かかったりする。除隊後のアイドルの身の振り方は現在進行形で試行錯誤されていて、定石のようなものがない。そのため入隊が一つの節目になるのだ。
そして、彼らは入隊前にいそいそとソロ曲を作り発表する。ファンに向けての置き手紙のようなものだなあと思う。バラードであったり活動を振り返るような歌詞であったり、ラブソングであったり。ファンは兵役中それを聴きながら拠り所のようにして過ごし、除隊を待つ。入隊してから芸能活動を離れる二年弱、それは試練とも言えるような時間だけれど、その前に出される曲は、そのときにしか生み出せないような意味と重みときらめきを内包している。わたしはテミンがどんな曲を残して入隊していくのか非常に期待していた。バラードが好きということは知っている。以前発表されたテミン作詞の『Soldier』も、狂おしいようなラブソングだった。テミンは、テミンなら、どんな曲を。アイドルに、自分の追い求めるIdeaに、文字通り半生を捧げた彼は入隊前に、どんな作品を。

ところで、入隊前のテミンはすこし狂っていたと思う。よく覚えていないけれど、意味不明なスケジュールをこなし(グループと個人活動を並行していた?それも韓国と日本で)、ファンに自分を刻み込もうとしていた。左腕と右脇腹にタトゥーが入った。人前で泣かないタイプだったが、入隊を伝えるライブ配信や入隊直前のデビュー記念イベントでは心配になるような泣き方をしていた。呼吸もうまくできていないような感じだった。入隊すると、軍楽隊に入って多少はメディアへの露出もあった他のメンバーたちの前例と異なり、テミンの姿は垣間見ることもなくなった。予定ではもうすぐ除隊という頃、元々あったうつ病とパニック障害を悪化させ、除隊が遅れると報道された。うっすらと予感はしていたけれど、公にされてこなかったし、今でも彼の口からその話を聞いたことはない。

そんなとき繰り返し聴いたのが、『Identity』だった。この曲は入隊の半年前に出されたアルバムに収録されていて、その後入隊までにもう一枚ミニアルバムを出すのだが、この衝撃を上回ることはなかった。
2019年2月に発売されたアルバム『WANT』ではアウトロとして歌詞のない状態で収録され、コンサートのオープニングでも流れることがあったものの音源化されていなかった曲。歌詞をつけるにあたってテミンから作詞家に、こんなニュアンスを加えてほしい、というリクエストもあったそうだ。
2014年にグループではじめてソロデビューした頃からインタビューでしきりに、アイデンティティーという言葉を発していたのを覚えている。新しく覚えた難しげな言葉を おもちゃにしているのだな、とさえ思ったものだ。わたしは彼の思考の深度を完全に見誤っていた。

저 멀리 펼쳐진 불빛들과
遠くで広がった光と

멈춘 듯 느리던 순간 그 사이
止まったみたいにゆっくりな瞬間の その間

늘 말 없이 날
いつも何も言わずに僕を

비추던 너의 눈
映していた君の目

불현듯 떠오른 장면들과
ふと浮かんだ場面と

먹먹히 차오르다
もやもやと込み上げて

넘치는 감정 속을
溢れる感情の中に

파고들어
入り込む

I’m not over you

눈 부신 빛 너머에
まぶしい光の向こうに

변함없이 여전해
変わることなく

다시 새겨 내 안에
また刻むんだ 僕の中に

더 뜨겁게 나를 태워 내
もっと熱く僕を燃やして

여전히 남겨진 감정들과
変わらず残された感情と

천천히 시선을 마주쳐 난
ゆっくり目を合わせて 僕は

이제서야 편안히 쉬는 숨
やっと穏やかに息をする

잠든 듯 멈췄던
眠ったように止まった

모든 게 다
全てのものが

새벽을 지나 다시
夜が明けて また

눈 뜨는 순간 속에
目を覚ます瞬間の中で

나를 비춰 오는 너의 눈
僕を映し出す君の目


テミンの貪欲と憂鬱。熱への渇望。自分に反射する光に夢中な人。自分への冷酷さ。メンバーとの永遠の別れ。テミンと彼を担ぎ上げた周囲との合意。残酷なほどの才能。命懸け。理想、感性、実力、努力、容姿、覚悟、人格、競争、焦燥感、無邪気さ、孤独感。
14歳でデビューし、アイドルとして駆け抜けたテミンの走馬灯。

わたしの期待や想像なんてテミンの前で全く無力だった。彼自身を切り裂いておいていくような曲だった。テミンが大事にしていた言葉を冠する曲、その全貌。それを聴いたとき、なんだか引導が渡されたような気分だった。いっそ音源なんてくれないほうがよかった、これがこっちの手元にあるなんて本当にお別れみたいじゃないか。でも、彼がファンに残すことにしたのは、これなのだ。どんなバラードよりも切なく、どんなラブソングよりも信じるに足るように感じた。不器用で、余裕もなく、血をぼたぼたと滴らせながら去って行くようなテミンの後ろ姿が いじらしかった。目を離せるわけがないのだ。

入隊前の配信ライブ。コロナで観客の存在を感じられなくなったのも不安だったと思う。テミンらしい発言だけれど、表情がずっと乏しかった

除隊後は霧が晴れたようにからりと笑うようになった。服の趣味も変わり、長く所属した事務所を離れるという決断をし、ファンの見えないところでよい出会いがあり刺激を受けているのだと安心する。
何より、入隊前に入れたタトゥーを消しているらしく、僕はきれいでピュアなのが似合うでしょう?と笑っていた。わたしはタトゥーを入れたことは絶対に間違っていなかったと思う。そのときの彼を保つために必要だったのなら、タトゥーにさえ感謝したいと思う。間違っていたかどうかは置いておいて、過去の極端な行動を、修正し、なかったことにしようとするいまの健やかさと、いたずらっぽく笑う人間らしさ、それをさらけ出してくれる関係性がすごく尊く、ここまでこられたのが奇跡のように思う。タトゥーは入れるときより、消すときの方が痛いのだそうだ。

青春時代を過ごさずにデビューすることは賞賛されたことではないし、いろいろな角度から危うくて、こんなに若くしてデビューするアイドルなんてもう出てこないかもしれない。よいことばかりでなかったはずだけれど、14歳でデビューし、積み上げたキャリア、それは揺るぎない事実だ。そんな彼にしか描けないストーリーがある。
そして今後どんな道を歩もうと、わたしはテミンの背後に、神経質に尖った『ACE』と、夜明けのようにさびしく狂おしく鳴る『Identity』を遠く聴くだろうと思う。



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