短編小説『すーぱーだーりー』
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僕が務めている会社は至って平凡なホワイトカラー系の職種だ。ただ周囲の人間は、なぜ僕の人生の登場人物はこんなにも愉快なのかと思わせるくらい個性的なのである。
とりわけ彼女…男性社員ばかりの社内で紅一点にして、なぜこんな普通の業種を目指したのだろうと思うほど、目が覚めるように容姿端麗。それでいて所謂女性のパブリックイメージとは乖離した陽気でお転婆な彼女の存在は特異点だった。まさに我が社のミューズ、という立ち位置である。
そんな彼女だが、性格に様々な難がある部分も含めてシンギュラリティたる存在で、まあ話を聞いておくれと。今年の冬、こんなエピソードがあったのである。
クリスマスが近付いて、街並みがイルミネーションで輝き出す時期も、際立って何か特別を感じることもなく僕は出社と帰宅を繰り返すサラリーマンの平凡な日々を過ごしていた。それがある日、会社のテーブルの一段目を開くと小さなメモ用紙らしきものが入っている。
「今晩、時間って空いてる?」
差し出し人の名前は書かれていない、たった一言のメモ。だが僕は一瞬で事を察した。またイタズラ好きな彼女のことだ。こんな季節に呼び出しておいて、いざ仕事終わりに接してみると、ドッキリ大成功とでもやろうという算段に違いない。というかこんな事例は過去にも何度も起きていた。最初に彼女が僕を試した時、本当に期待してから地に落ちる極上の反応をしてしまったので、彼女はしてやったりとご満悦の極みだった。それが結局憎めない部分も含めて、彼女の彼女たる所以なのであった。
かくして素晴らしいリアクション芸をかまして彼女に好かれ、その後お気に入りの"標的"に選ばれてしまった僕も、流石に最近になったら慣れてきた、いや扱い方を心得たとでも言った方がいいのかもしれない。
「そういや、この間のバレンタインの時もだっけか…」
季節行事がある毎に毎回工夫を凝らしたイタズラを受けてきた。バレンタインの時も、基本的に仕事でお世話になっており、普段は気さくな同僚でいてくれることに感謝している僕は、特段に驚いたかのパフォーマンスを見せて、彼女をとても喜ばせた。ところが今年は…
元来定時で帰ってもよいのだが、敢えて残業することにした。その内社員のほとんどが挨拶をして帰っていき、人が疎らになっていった。そうすると同じく敢えてだろう、会社に残っていた彼女が肩をトントンと叩いてくる。
「はいはい。」
そう言って荷物を整理して外に出る準備をする。恒例になっているからか周囲の社員も察して、ある種微笑ましそうに無視してくれている。そして必然的に二人で帰途に就くことになった。
「ねえ、今日メモに残したの私なんだけど…」
「知ってるよ。」
そう言って笑うと彼女もニッコリして
「別に特別に何かって訳じゃないんだけど、一緒にどこか行かない?」
と誘ってきた。ここでやや違和感を感じる。例年もっと直接的に好きを匂わせる言葉を放って、その2分経たぬ内にドッキリ大成功が成立するのが定例だ。最近はテンプレートを外すために趣向を凝らしてくることは多めだが…とはいえ今回は大分遠回しじゃないか。意外とこの恒例行事に付き合うのを楽しんでいた僕は、どう反応すれば彼女の期待に添えるのか一瞬迷って
「んー…まあ時間があるから、別に。」
とどっちとも取れる反応をした。普段から仲良くしていることもあり、会話は弾んだまま彼女が行きたいと行ったロケーションまで電車に揺られ、駅を降りた。まさにカップル御用達とでもいうような都会ではなく、人気の少ない海際の展望台を彼女は選んできた。誰にも見られない場所がゴール地点。今年のドッキリは大分手間の掛かった仕掛けにしようというのだ。
展望台の下階でチケットを買ってエレベーターで最上階まで登ると、眼前に暗闇の中の大海原と街明かりの景色が広がった。さて、ここがシナリオのラストシーンになるのだろうか。
そうすると彼女は突然もぞもぞとし出して、鞄の中から小さな箱を取り出した。
「あの…これ…」
あんまり真剣な口調で言うものだから、僕は思わず吹き出してしまった。
「今年はちょっと気合いの入り方が違うねぇ。」
そうおちょくった…つもりだったのだが、彼女が突然俯いて表情が曇ったのを見て、僕は混乱した。快活な彼女が普段見せない表情だった。どういうことだ…これまでこんな事がなかったから、本格的に驚かせようと何段仕立てものストーリーになっているだけなのだろうか。
「受け取って…くれない?」
と彼女は顔を赤らめて、手に持った箱を少しだけ前に差し出した。いや、これはいつものイタズラの延長戦に違いない…と思いながら、最初にこの手を食らった時のように混乱している内に、僕の顔も同じくらい赤面してしまった。それを確認した瞬間、彼女はさっき僕がしたように、突然笑顔になって吹き出した。僕も面食らって、流石にダウトだよなと心を落ち着かせて
「わざわざ買ってきてくれたんだったら、頂くよ。」
と返した。例年はここで種明かしをしておしまい、なのだが。彼女は心底嬉しそうに笑顔のまま
「ありがと!また明日ね!」
と返事してから、また顔を赤らめてさっさと走って去っていった。この反応は如何に…と人狼でもやっているかのような気持ちで帰宅してからプレゼントの箱を開いた僕は、その中に入っていた手紙で、まさかのダウトではなかった結末を知る。僕は頭を抱えて、シロもクロも分からない彼女の行動を振り返っていた。
「今までの伏線、全部この時のために用意してたのか…何年越しだよ…」
何とも計画的犯行であることに変わらない、彼女の性格に何ら矛盾しない行動ながら、我ながら手のひらの上で踊らされていたという訳だ。全く振り回されているにも程がある、とはいえ何とも毒味がなく、彼女らしい清々しいエンディングに僕は素直に拍手喝采を捧げた。
"この彩度に この明度に ほんのちょっと甘えていたいかららしんじゃない?って思ってほしいの 季節よりもうつろうけど ねぇ、ダメかな? こんな私じゃ"(夏川椎菜『すーぱーだーりー』より)
「イエスかノーで答えるのが正解なのかすら、分からんけど(笑)」
もう素で行く事にして便箋を一枚だけ取って、日頃彼女に接しているテンションで書き始めた。翌日、会社のテーブルの上に置いてあるそれを見た彼女は他の社員にバレないように堪えながらも、なかなかに陽気な反応をしてくれたものである。これはどうやら本当にダウトではないらしい。
それから彼女は何度も家に遊びに来たり、僕の方から誘って些細な遊びをしたりと、大きな形に成就するかは別として、天涯孤独だった僕のパーティーの新たな一員となった。相変わらず、何度も今日で別れるとか言って僕を驚かせて、思わず悲嘆に暮れる僕の顔を見て唐突に吹き出したりと、全く敵わない部分ばかりだ。
"私はすーぱーだりぃ 求むはすーばーはにぃ?はっ(笑) (再び夏川椎菜"『すーぱーだーりー』より)
「はっ、じゃねえよ(笑)」
そんな天気よりも当たらん割にひたむきな彼女の好意に僕は盛大なツッコミを入れた。
さて、そんなユニークな彼女も含めて僕を囲む物語は変化を遂げる道中だ。僕の与太話を聞いてくれて、物語の中の僕も少し心が落ち着いていることであろう。お礼申し上げると共に、次の物語へ進むとしようか。(続編 短編小説『ナイモノバカリ』に続く)