双子の英雄の物語① ゼウスとレーダー(英雄ディオスクロイとヘレネの誕生について)

今後の調査に向けて、まずはギリシャ神話におけるディオスクロイの物語を追っていきたいと思う。
最初に概略を示し、よく知られていると思われる内容を書き、続いてそれぞれ古典文献においてどのような記載がされていたかを引用し抜粋している。最後に補足事項と個人的な所見を述べる。エピソード別に全5回程度を予定している。

ゲーム内の双神ディオスクロイに直接関係する内容ではないが、今後の彼らのストーリーはこれらの英雄だった頃の神話も関連していくものと思われる。
単なる文献のリストと捉えていただいても良いし、あるいは英雄としての彼らへの理解を深めるために活用いただければと思う。

なお、表記はできるだけFGOにて語られる名称に近しいものを選んだつもりである。


概略:

ゼウスとレーダーの物語は、ディオスクロイの出生を物語るものである。
初期のものは以前に述べた『ホメーロス風讃歌』に詳しい。レーダーの出産は時代が降ると共に卵生となり、一つの卵、もしくは2つの卵を生むようになった。
また卵として生まれる子供も、時代や作者の移り変わりと共に、ヘレネのみ、ディオスクロイとヘレネ、ディオスクロイとヘレネとクリュタイムネストラと様々である。

また白鳥となったゼウスに襲われて、女神ネメシスの産んだ卵がレーダーに預けられてそこからヘレネが生まれたという異伝もある。(サッフォー、キプリアなど)
そのためレーダーの卵の出産の最古の形は、ネメシスからレーダーへのヘレネの卵の「委託」ではないかとする説もある。

内容:

スパルタの王妃、テュンダレオスの妻であるレーダーはその美しさからゼウスに見初められた。
ゼウスは白鳥の姿を取り、レーダーに覆いかぶさった。彼女はかくして2つの卵を生んだ。
一つの卵からはポルクスとヘレネが、もう一つからはカストロとクリュタイムネストラが生まれた。
前者の卵はゼウスの子供であり、後者の卵はテュンダレオスの子供であった。

引用元:

ここではレーダーの物語の変遷に加えて、ディオスクロイの父親が誰とされているかについても記載する。

・『イーリアス』(ホメロス:8thBC)
 二人ともテュンダレオスの息子として紹介されている。卵で生まれたかの情報はない。

・『ホメーロス風讃歌』(6thBC頃?)
 ディオスクロイの讃歌にて、どのように二人が生まれたか(ゼウスとレーダーがどのように出会ったか)の記載がある。卵生かどうかの記載はない。レーダーとゼウスが出会ったのは、タイゲトス山の頂であり、ゼウスが無理に襲ったことになっている。

・『キプリア』(?:7-6thBC:断片7)
https://www.theoi.com/Text/EpicCycle.html
  キプリアはアルカイック時代の物語だが、断片のみが残存している。
  ここではカストロは有命のものであり、ポルクスは「アレス」の不滅の息子として紹介されている。
  卵によって生まれたかの記載はない。

・『競技会の祝勝歌:ネメア10』(ピンダロス:444.BC:50~)
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0162%3Abook%3DN.%3Apoem%3D10
  ポルクスをゼウスの子、カストロをテュンダレオスの子として一般に知られる現在の例を紹介。(英語版ウィキペディア『カストロとポルクス』にて最初の例として紹介されている)
  卵によって生まれたかの記載はない。
  二人を「父ゼウスのそばで一日を過ごし~」(55)という記載がある一方で「テュンダレオスの息子であるポルクスが、」(75)という言い方もあり彼らの父親が誰なのかという点についてはまちまちである。ただし最終的にははっきりと「私(ポルクス)はゼウスから生まれたが、カストロが死すべき人間から生まれた」と伝えている。(80)

ちなみに二重の父という話は、テセウスやヘラクレスなどに見られる内容でありギリシャでは割と多い。兄弟二人のうち片方が死すべきという話はヘラクレスとイピクレスにも見られるが、ここまではっきりと対比させた関係はディオスクロイの二人に特有のように見える(また、ディオスクロイと似た例のアンフィオンは普通にアルテミスとアポロンによって殺されている)

・『女性列伝』(ヘシオドス:8~7thBC:断片の66)
https://www.theoi.com/Text/HesiodCatalogues.html
  系譜を記載されたもの。全貌は残されていないが、二人共にゼウスの子として紹介されている。
  卵から生まれたかどうかについては記載がない。

・『ヘレネ』(エウリピデス:115:420BC)
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Eur.+Hel.+115&fromdoc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0100
レーダーとヘレネの誕生について記載がある。ヘレネはレーダーが産んだことになっており、(私を)「雛の白き器」で子供を産んだ女性が世界で他にいるか(いないだろう)、と言っている。ヘレネについて考察したサイト※にてこのエウリピデスによる描写が「レーダーによる卵の出産」の拡大に影響したのでははないかと考察している。
ディオスクロイは「共に生まれたヘレネ」と呼んでいるが、これが出生時期を指すのか、同親(レーダー)であることを示すのかは不明で、彼らが卵から生まれているかはわからない。
(※『Helen of Troy - Heroine or Goddess?』https://web.archive.org/web/20070810194036/http://whitedragon.org.uk/articles/troy.htm)

また、theoi projectのページのエウリピデスの同時代の花瓶(紀元前4世紀頃)には卵から生まれるヘレネの画像がある。画像の詳細については、ホームページを参照ください。
https://www.theoi.com/Gallery/H29.1.html

・『アレクサンドラ』(リュコプローン:3thBC)
https://www.theoi.com/Text/LycophronAlexandra2.html#a17
ヘレネがネメシスの卵から生まれたことを記載されている。(86)
 アテナイの街を襲った「狼」=ディオスクロイが頭に卵の殻を被っていたことが記載されている。(those wolves whose head a cloven egg-shell…とある)また彼らは「ラペシロイ(ディオスクロイの破壊したラス島に起因する)」と呼称されている。(506)

・『ファブラエ』(ヒューギヌス:ローマ時代:77)
https://topostext.org/work/206
  ヒューギヌスの記載は場所によって異なるためややこしい。卵から生まれたかどうかについては記載がない。
  (14)ではディオスクロイはゼウスの息子とある。
  (77)ではポルクスとヘレネはゼウスの子、カストロとクリュタイムネストラはテュンダレオスの子と記載がある。ユーロタス川にてゼウスとレダが出会ったことになっている。

・『ビブリオテーケー』(偽アポロドーロス:紀元前180年頃→ローマ時代)
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Apollod.+1.1.1
 メレアグロスによる『カリュドーンの猪』の参加者リストとしてラケダイモンの「ゼウスの息子」として紹介されている。(1.8.2)
 一方で彼らの誕生と アパレティダイとの戦いについても書かれており、こちらにおいてはポルクスとヘレネはゼウスの子、カストロとクリュタイムネストラはテュンダレオスの子と記載がある。
また卵として生まれたとあるが、主に異伝の内容で、ネメシスとゼウスの間に生まれた卵をレダが手に取り、ヘレネとして育ったという内容になっている(3.10.7)
 またアパレティダイとの戦いにおいて、カストロは死すべきものとして紹介をされている。(3.11.2)

・『神話集』(フルゲンティウス:5-6thAD:2.13 THE FABLE OF THE SWAN AND LEDA)
https://www.theoi.com/Text/FulgentiusMythologies2.html#1
 レーダーの物語にて、カストロとポルクス、そしてヘレネが卵から生まれたとある。

・『バチカンの神話』(中世写本)
https://books.google.co.jp/books?id=WLA9AAAAcAAJ&hl=ja&source=gbs_navlinks_s
  (LEBER1.78) カストロとポルクス、そしてヘレネが一つの卵から生まれたとある。
  theoi.comには、(204) レーダーは2つの卵を生み、一つの卵からはポルクスとヘレネが、もう一つからはカストロとクリュタイムネストラが生まれたとされる。
    ただし上記のラテン語版を読むと、「Iuppiter concubuit cum Leda in specie cygni, ex qua genuit duo ova;et ex uno natae sunt Helena et Clytemnestra, ex alio nati sunt Pollux et Castor,」となっており、
2つの卵を生んだレーダーは、一つはヘレネとクリュタイムネストラ、もう一つがカストロとポルクスとなっている。
リンク先『Classici auctores e Vaticanicis codicibus editi』(1831)に準ずれば前者はp31、後者はp375記載。

文献を読んでの推察と補足

異伝の場合は、ネメシスが残したヒヤシンスの下に置かれた卵をレーダーが見つけたとされる。(『キプリア』断片9)サッフォーのフラグメントにもあるというが、私はまだ調査できていない。(複数の学術書で触れられているため、あることは間違い無いだろう)
時代が下り『ビブリオテーケー』にも類似した記載がある。

レーダーの「卵」に関する個別の物語の要点は、ゼウスと交わったネメシスがいかにしてレーダーのもとに卵を届けたかに焦点が当てられている。

また先述した「White dragon」というサイトにヘレネのさまざまな考察が載っている。その中で、エウリピデスの『ヘレネ』における描写の影響によってレーダー自身は卵を産んだと広く見做されるようになったのではないかと捉えている。

卵生のディオスクロイの描写について個人的に発見できた文献の最古のものは『アレクサンドラ』(リュコプロン:3BC)だった。 
一方で『Orphic Tradition and the Birth of the Gods』によるとアリストパネスのスコリアに卵生のディオスクロイとも解釈できる記載がある、としている。しかしこの点については著者もやや煮えきらない言い方をしており、私もはっきり調べられていないため、参考程度に抑えていただくか、個別に考察していただければと思う。

まとめるとキプリアやサッフォーの記述の後、ディオスクロイの「卵」はヘレネから少し遅れての描写になっており(早くても古典期)、この双子(またはクリュタイムネストラも)はヘレネほど「なぜ卵で生まれたのか」についての具体的なエピソードがあるわけではない。

個人の推測になるが、こう考えると「卵から生まれる」ことの発端はヘレネにあり、それにディオスクロイが巻き込まれる形で参加した。
最後に大きく離れて、中世の頃までにクリュタイムネストラが参加している様子が見て取れるように思う。

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さて、まずは双子達の誕生について見てみました。
FGOにおける双神ディオスクロイは卵の殻をかぶっているわけではないし、スパルタの王子でもないと思うのですが、白鳥と交わり卵で生まれた両親の異なる四つ子(あるいは四人兄弟)いう設定は珍しく後世の画家たちにも好まれました。彼ら四人の話は割とファンサイトとかでも聞く内容ではないでしょうか。
しかし蓋を開けてみますと一概に四つ子ではなく、いろいろなパターンがあることが見て取れます。つまり公式の言及がないうちは好きなのを選び放題で、公式が発表した後でも割と解釈に融通が効くのではと思います。

今後に述べる予定の伝承でもそうですが、ディオスクロイとヘレネの関係はとても深く、特に彼女については早く言及されたらいいなと期待しています。
クリュタイムネストラはトロイア戦争の大将アガメムノンの妻になり、ヘレネに劣らぬ美人のようですが、本当に色々と、苦労をした人だなぁと思っています。

それでは本日はこのあたりで。
読んでいただきありがとうございました。

(参考資料は本文内にリンクや紹介を貼っていますが、別途まとめて追記いたします)

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