『ジェンダーと脳』
男性らしさ、女性らしさ、男性脳や女性脳。
そんな考え方と自分を比べている自分がいた。
女だけど、Rより男っぽいところがある。
例えば、喧嘩をした時、常に「なぜそう思うのか?」「なぜそう感じるのか?」とRに理由を問い詰めて、Rからは「理論では片付けられない感情もある」と言われたり。
よく言われるのは、女の人は感情論、男の人は理論っていうのが当てはまらなかったり。
イギリスの労働者階級に関心があったり、ノンフィクション本を読んでいろいろ知りたい、友達の仕事のことを知りたい、そんな私の性質を「女性ではめずらしい」と言われることもある。
そんな疑問を解消してくれる本に出会いました。
『ジェンダーと脳:性別を超える脳の多様性』(ジョエル,ダフナ/ヴィハンスキ,ルバ【著】/鍛原 多惠子【訳】)
これはぜひ多くの人が知ったほうがい!!と思い、勝手ながら読書メモを作りました。でも、人に見せて分かるようなきれいで、整った内容になってないので、気になる人はぜひ自分で読むことを強くお勧めします。
私の地域の図書館にもあったくらいだから、きっと多くの図書館にもあると思います。私自身は、読み継がれるべき本だと思ったので購入を予定しています。
読書メモを公開
ジェンダー gender と 性別 sex
そもそも、ジェンダー(gender)とは、「社会的文脈において観察される特徴」で、sexは「生殖器と一致する生物学的な特徴」とのこと。訳者の方はこのジェンダーをより分かりやすく「性別に対応する行動様式にかかわる期待」と解釈。
つまり、「男の子は泣かないの」といった声かけや「女の子なんだから優しくしなさい」という声かけのもとになっているのが「ジェンダー」。
変わる脳、変わらない性器
著者は、ラットの実験で「ストレスにさらされている状態のラットの脳では、普通に暮らしている時に見られた性差(ある特定の部位)が反転した」と書き、「性器は一生変わらないが、脳は変わる」ことをさまざまな社会実験を例に出し、証明。
つまり、通常であればオスとメスの脳の反応に性差は見られるものの、ストレスにさらされている状態では、オスのラットに見られた脳の特徴がメスのラットに見られ、メスのラットに見られた特徴がオスのラットに起こったがゆえ、脳の反応は性別によって決まるのではなく、置かれた状況によって決まってくる、と(もちろん性差がより見られる脳の部位や、性差がありうることは本でも明記されています)。
人間の脳は、男性の特徴と女性の特徴とからなるモザイクである
著者は、さまざな研究においては性差にばかり注目が集められ、性差が見られなかった結果については触れられることが少ない、と伝えています。
そして、男性と女性が違って見える理由として、「私たちが人を女性と男性の2つの社会集団に分けるから」と説きます。
自分にも思い当たる節がありませんかね?
いつも綺麗な身なりをしている女性がボクシングを見るのが好きだと知った時や、気遣いができる男性がいると「男性だけど気がきく」と思ったり。
なぜこのようなことが起こるのか? この本ではたくさんの事例を紹介しています。
とくに、この女の子が木登りが好きだったり、外で男の子と遊ぶのが好きだと、「男勝りな子」と表現される、というあたり。「女の子はやんちゃではない。やんちゃなのは男の子」という固定観念を強化することにもつながるという指摘。これには目から鱗でした!
私(女性)は「男っぽい」と言われるたびに「そうかな?」と思った経験がありました。そして、少し意識の下で「女性らしくないんだ…」と思っている自分がいたり。
そんな「男らしさ」や「女らしさ」が形成されていくことを説明するのが次の章。
ジェンダーバイアスが与える有害
ここの部分どうにか図式化したくて頑張ってみたんですが…。わかるかな。
つまり、長期的な目で見ると厳しく採点された女子は、自分が「できない」と考えるようになり、難しいクラスへの挑戦もさけるようになり、実際の成績も低かったというのです。
逆に、厳しく採点された男子は難しいクラスで好成績を収めたと。
これ怖くないですか? なんとなくだけど、これを読んで、女性同士って「私もこのくらい苦労したから、この子にも苦労させないと」みたいな感覚っていうか、「頑張って当たり前」的な意識があるような気がしました。だから、これは私の推測ですが、頑張った上でもっと頑張りなさいっていうのが採点にも無意識に現れるのかなって。逆に男の子は「頑張れるのが偉い」というバイアスの元、ある一定程度頑張ったら高いスコアにある、というバイアスがあるのかも、なんて考えさせられました。
この章では他にも、仕事の採用におけるジェンダーバイアスについても興味深い実験結果を提示してくれています。
私は大学で就職活動を始めた時、特に仲良くもない男子のクラスメイトに「女子はいいよね。結婚すれば仕事辞められるから」と言われて、かなり衝撃だったことがありました。私は就職活動をするからには、仕事を辞める予定なんてなかったし、平気でそんなことを女子に言ってくる(つまり、問題視していない)ことにも衝撃で。その時は全然言い返せなかったですが、馬鹿にされた気持ちになりました。でも、これは採用側にいる人が同じように考えてたら・・・。女子学生と男子学生を本当に公平な目で見て採用してくれるのでしょうか(医学部入試における女子差別の件が顕著ですよね)。
もちろん、男性にとってもジェンダーバイアスは有害になりえます。
本によると、「男らしさの規範に従うことを強要された男性は、そうでなかった男性に比べて、うつ病や薬物乱用に陥りやすく、心理学的な治療を自ら求めることが少ない」という研究結果が紹介されています。
そして著者は「女性と男性のどちらかがより傷ついているかを述べたいわけでもない。むしろ、ジェンダーバイナリーという二分法によって私たち全員が傷ついているのだから、ジェンダーという枠組みを排除する理由は十分にあると言いたいのである」と書き、この章を締めています。
その後、章はジェンダーフリーの教育や未来について語られていきます(これはメモ取ってませんが、絶対読んでほしい。とくにこれから親になる、もしくは親だるみなさん…!)。
ジェンダーのない社会へ
この本を読んだ時、ジェンダー規範にがんじがらめになった社会ではなく、ジェンダーが気にならない社会になることが希望だなと思いました。著者もそのように書いています。
もう誰も「男らしさ」や「女らしさ」に苦しまない、縛られない社会。女であることや男であること、はたまたそのどちらでもないこと、もしくは、そのどちらでもあること。そんな枠にとらわれないで、「自分は自分」と自信を持って思える社会。
そんな社会になったら、自分の中で見え隠れする生きづらさが少しでも変わると思いませんか?
最後の著者の言葉を贈ります。
「あなたが何を愛そうが何をしようが、その何かが人間としてふさわしいなら、それはあなたにふさわしいのだ。」