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南伊豆紀行(1)「サウナじゃなくても整える」


7月の陽射しが反射する海を窓越しに、静かな電車の中で揺れる。向かう先は、南伊豆。小学生からの幼馴染のNを誘って、僕は旅行に出かけた。

7月6日、noteのオンラインイベント「これからの”ローカル×発信”を考えるイベント『地方移住クリエイターとして、暮らす。』」をYouTubeで見た。イベントの登壇者として参加していたイッテツさんの運営する宿「ローカル×ローカル」と、cakesで連載しているマンガを読んでみて、興味を持ってから、僕が宿を予約するまでは早かった。

「究極のローカルって、私だと思う。ひとつのローカルである”私”と、また別のローカルである”あなた”の掛け合わせが面白い」

イベントのなかでイッテツさんが言っていた言葉が、忘れられなかった。

イッテツさん自身が書いている漫画「ローカル×ローカル」


「旅行行くから付いてきて」

「真夜中に連絡来たから何かと思ったわ。いいよ、行こう」

特に度についての説明をしないままNを誘ったが、彼の二つ返事で一緒に行くことがすぐに決まった。他にも友達はいたけれど、どういうわけか、この度に一緒に行くのは彼しかいないと思っていた。

前日まで時間があったにもかかわらず、ほとんど計画を立てなかった。南伊豆に行くまでの交通手段も何も考えておらず、当日の朝に集合してから決めるほどだった。急行のチケットを買うか買わないか散々迷った挙句、急に腹が減ってきて入ったエキナカの蕎麦屋の中で「鈍行でいけば、その間にゆっくり旅の計画を考えられる」という案を採用し、東海道線に乗った。

藤沢を越えたあたりから窓の外に海が見えてきた。高校生までさいたま市で育った生粋の海なし県民の特性として、海が見える度に会話が中断し、海に見惚れた。結局、近況報告や海を見るばかりで旅の計画の話など一秒も出ないまま、あっという間に伊豆急下田駅に着いてしまった。

下田駅を出ると、駅前の観光案内板を見ながらペリーロードまで歩いていくことにした。海から上がってきたばかりのような格好をした男女に囲まれて、何も知らない僕たちは、なんとなく海がありそうな方角に歩いて向かった。煌々と照り付ける陽射しに全身から汗が吹き出して、建物の脇にわずかに落とされた日陰を縫うようにして歩いて行った。

どこがペリーロードなのかわからないまま歩いていると、川沿いに一軒のかき氷屋を見つけたNが「あそこに入ってみたい」と言ってきた。ここまで僕がほとんどすべての旅程を決めていたなかで――といっても、宿以外の何も決めていなかったが――、初めてNが「行ってみたい」と言ってきたので、少しだけ驚いた。

軒先にかけられた赤い暖簾には、「明石焼き」と書いてあり、昭和のレトロな雰囲気で夏休み感が満載の店のなかでは、8人ほどの家族が美味しそうにかき氷を食べていた。今にも溶けてしまいそうな陽射しから避難するように店に入ると、タイムスリップしたような気持になる。注文したラムネとかき氷を食べながら、隣で談笑する家族の風景に時々笑った。レジ横に置かれたラジオからはパーソナリティの陽気な声。扇風機の風が当たった瞬間に、火照った身体から、熱と一緒に頭の中が全部抜けていく感覚があった。昨今のサウナブームに乗り遅れてしまった僕なりに、「整う」を初めて体感した瞬間であった。

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粉もん茶屋あほや

時刻は15時を回っても、なかなか店内から出ることができない。気持ち良すぎたのだ。暖簾を揺らす風が肌を撫でていくたびに、深い呼吸が自然と訪れる。蝉の声とラジオの音、雲のない青い空、風にはためく赤い暖簾とかき氷の提灯。すべてがこの時、この場において完璧で最高だった。江戸時代末期、ペリーは日本への開国を求めて、ここ下田に来航したという。それはたった170年前のことだけど、この先の未来今度は宇宙人がやってきて、開国ならぬ開星を求めてきたときは、ぜひこの下田に来てほしい。店主はきっと急に宇宙人がやってきたら困るかもしれないが、ここでかき氷を食べた宇宙人はきっとどんな発達した文明を持っていても、そんなものを捨てて地球に、下田に、かき氷に、恋をしてしまうだろう。

僕もNもしばらくそこで風を浴びて、お店を出る頃には16時を回っていた。

どこか夢うつつな心持のまま、川沿いに続く石畳の落ち着いた通り――この通りこそがペリーロードだと、僕らは後になって知る――を歩いていて見つけたのは、これもまた趣のある古民家カフェ。大正時代に作られたその建物は、ギャラリー併設のカフェとして、2階にはアトリエもあるらしい。

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ペリーロード

お店の外から中をのぞくと、タイミングが良かったのか客が一人もいなかった。店内の広々とした座敷を見つけて、親戚の家にでも来たかのようなテンションで中へと吸い込まれていった。「どこに座ってもいいですよ」と店員さんに案内されて、庭の見える縁側の席に決めた。庭の池のなかには鯉が泳いでいて、池のまわりに置かれた岩の隙間に小さな蟹を見つけたNが興奮していた。

アイスコーヒーを2つ頼んで、店内に置かれた様々な作品を眺めながら涼んでいると、続々と店内には客がやってきたので、僕たちが店に入ったのは本当にタイミングが良かったのかもしれない。

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ギャラリーアンドカフェ 草画房

途中、僕たちは庭から入ってきたアブとの激戦を繰り広げるのだが、その戦いを何とか制した時、近くに座っていたカップルの客が「すごい、ありがとうございます」とか言ってくれるものだから、僕は調子に乗って「こちらこそ、(応援)ありがとうございます」と満更でもなく応えたが、思い返してみても本当に意味が分からない。

アブを退治したことで(厳密には殺すことが躊躇われたので、生け捕りにした)、店員さんとも沢山話すことができた。「日本の未来は明るいね」と、あの時店員さんが冗談ぽく言ってくれたあの台詞を、店を出てから駅へ向かう道の途中、僕とNはすっかり浮かれた気持ちのまま、思い出しては嬉しくて笑いあった。

予定を決めない幼馴染との旅行は、まだ始まったばかり。僕たちは、日の落ちかけた下田駅前からバスに乗って、夕暮れの街と山を眺めながら南伊豆へと向かうのだった。

(続く)


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