新宿ダンジョン経由池袋ディビジョン着、顔役集結の話。
※金曜夜~土曜夜の出来事をつらつらと書いていたら本当にめっちゃ長くなったので本当にお時間のあるときにお読みください……※
金曜夜:疲れに効くファッション。
「じゃあお疲れ様でした」
同僚と道で別れて一人駅に向かう。
さんっっざんな目に遭った、とぎちぎちと噛む歯と共に私は2日間の出来事を振り返る。
久方ぶりにまとまった休みをとったことで色んな事を楽しむことは出来ていたがその間の連絡は血栓を起こしているし、人前に出る仕事を体感すると「あ、今この人私の話に興味ないな」という瞬間がリアルに感じられてめちゃくちゃしんどい。
「(てか人が喋ってる間にスマホいじんなよ、何平然と遅刻して来れるの)」
「(てかシステム連携上手くいってなかったのあれなんなの)」
「(もっと私も準備してからいけばよかったけどさあ~!!)」
ああもっと上手くいけたはずなのにどうして。朝の雨は上がっていてもう傘も必要なくて余計な荷物が増えていることにも気持ちがせせこましくなる。
赤信号。立ち止まってもう一度スマホの画面を見る。
過去の記事で現われた、私に魔術師のジャケットと完璧すぎるワンピースを見立てた店員さんからの連絡だった。
「是非見て貰いたいお洋服がございまして」
こんな夜には十分すぎる誘惑だ。何より今日は配偶者も会社の親睦会で家に不在。今日の仕事先から新宿までは乗り換えナシでいける。何より今日は魔術師のジャケットを着ていた。ええいこうなったら、と行き先を新宿に変更する。今日の予定だった晩ご飯のぶり大根は帰ってから夜中に煮込んで明日の晩ご飯に転生させてやろう。
今週三回目の新宿。さすがにそろそろ定期買ったらどう?と自分に問いかけてルミネ1に向かう。
担当の店員さんは接客中だったので軽く店内を見ればそれだけでも気になる服が多い。特に目を引いたのは切り返しが多用されたジレとブラウス数着。
「魔術師(マジシャン)だから三揃えにはしたいんだよね、ブラウスとジレと、ジャケットで……」
と思案していたのが読み取られていたのか……?と感じながらうろうろとしている間に接客を終えた担当の店員さんが現われる。
「今日はお仕事帰りですか?ジャケット着こなしてて貰えて嬉しいです」
「いやあははは」
服屋で褒められたときの最適の答え方ってなんだろう?何度目かの思案を繰り替えして店員さんがおすすめの服をピックアップして「これは是非着ましょう」と提案してくる。気になる物は?と言われてさっき見たジレ、ブラウス2点、紫色のプルオーバーを手に取る。
さてまたも迷い込んだ試着室。着ては着替え着ては着替えの繰り返し。だが一瞬ピンチが訪れる。勧められたスカートのチャックを上げようとしたらおもいっっっっきりブラトップの布を噛んだのだ。
「ああ~~~!!」
にっちもさっちもいかない、どうしたらいいととりあえず助けを呼ぶが「物理的」には不可能なぐらいにぎっちり噛んでいる。
「……あの、こ、これ、これ切って下さい」
「え、いいんですか」
「いいんですこんなもの!」
「わかりました……!」
はさみで噛んでしまったブラトップのおなか周りの生地を切ってもらってなんとかスカートを脱ぎゼエゼエと息をして引き渡す。
「(とりあえずこのスカートはお詫びで購入ってことにしよう。残り一点って言われてたし)」
無事残りの生地も抜き取られたスカートを戻して貰ってブラトップに気をつけながらしゃ、と次はスムーズに上がったチャックに「(なんでだよ!!)」と文句を付けながら付属のプリーツスカートを腰に巻くと。
「(……お詫びで買うにしてはかわいいが過ぎる……)」
シンプルにここの服が好きだな、と改めて実感しながら試着室を出ると生地を抜き取ってくれた店員さんもニコニコで迎えてくれる。
「いやいいですわ」
「これはいいです」
「ジレ併せてもいいですか」
「あーこの組み合わせ最高ですね」
「ジャケットなんて着ちゃうと」
「ああ~~~!!」
ジャケット同様、ジレは大いに活躍した。勧められた青とグレーと黒のニットワンピースにも似合ったし、ニットワンピースと合わせたときには何なら似合いすぎて店員さんが地元のツレ並に背中を叩かんという勢いで崩れ落ちていくのが見えた。
「やっぱどれも着こなして貰えるなあ」
「そんなそんな」
じゃあ、今日はどれをピックアップしましょうかとなったときに真っ先に選んだのはジレだった。切り返しもよかったしベルト留めがプラスチックなのもいい。次はブラウス。3点試着したが一番最初のブラウスが一番真っ白で顔写りが良かった。続いてお詫びも兼ねてーーいやそれも越えて気に入ったスカート、最後は気に入った色をした紫色のプルオーバー。
「全部似合うやつですねこれは」
「へへへ」
なんともまあ、中途半端な返事をしながら服を包んで貰う。まあトラブルはあれどいつの間にか試着が自分のケアになっていることに気がついていた。何回も着てめくるめく中で徐々に「自分が選んだ服の良さと服を着た自分の良さが」分かってくることは楽しい。試着100回、マジですね(私の心にいるインナー)あきやさん……!と話しかけて無事包まれたショッパーを片手に外に出る。
ついでに他の階のセレクトショップ系も見て帰ろう、としたところで目が止まったのがMARNIのショッピングバッグ。黒に花柄の華やかな鞄をどうにか店員さんを捕まえて手に取らせて貰うが華やかでかわいらしい。「(これはサブバッグ問題の打開策かもなあ)」と思案する。
「私今バッグを探していくつか比較しておりまして恐れ入りますが品番を控えていただいてもよろしいでしょうか」という自然に口から出るようになった呪文も堂々たる物である。
伊達に週3回新宿来てねえんだわ。と何故か鼻高々である私は帰路につくことにした。帰りのメトロでぼんやり考える。「(明日、久々に用事のない一日だったけどやっぱり新宿もう一回行こうかなあ、伊勢丹いけなかったし……)」
嗚呼気付けばファッションジャンキー。週4回新宿に通ってます。趣味は試着ですと言えちゃうかもなとこの短期間での圧倒的成長を感じながら私は帰路につき、夜半にぶり大根の仕込みをすることにした。
土曜昼:5回転半を跳ぶんだという決意。
日々の疲れがたまっているのか昼近くまで起きない配偶者をそのままに私は出かける支度をする。(うちは行動の自由制度を取っているので連絡さえすれば休日は出かけるも寝るも好きにどうぞということになっているし、基本的にお互い一人で出かける方が圧倒的に多い)
髪のブローを終えて出かける支度を終えて部屋を出ようとしたところでやっと起きてきた配偶者と遭遇する。
「ごめんとんでもねえ時間まで寝てた」
「爆睡スランプだったよ」
「爆睡スランプ」
何故外では真面目な面をしていても家の中では変な用語が当たり前に存在するのだろうか。(ちなみに私には横一列で歩道で並んで歩いている様を「なんだてめーらSEX and the CITYか」と言い放った個人的名パンチラインが存在する)
じゃあ夕方頃に帰ってくるのでと言い残して駅まで歩いて新宿に向かう。メイクをしている間ずっと考えていたがやっぱり、今日は。
「(昨日かっこいい服が買えたから、今日はもう鞄と靴を買ってしまおう)」
白と黒、切り返し、異素材の組み合わせ、ジェンガのように崩したモード。好きなテイストは徐々にわかってきていた。
何より一番好きなのは、「語らずして語る」姿だ。具象より抽象、比喩より暗喩。「分かる奴が分かればいい」という気持ちは確かに自分の根底にある。
もっと思案すべきだろうか。土曜昼の陽気な会話が飛び交うラジオを聞きながら私はメトロに揺られる。他の人の事例を見ればもっと考えたり時間をおいたり離れたり、繰り返しをして「自分だけの逸品」にたどり着いている。
ただ私は一度火をつけると止めることができず、短気で、宵越しの銭は持たず、直感を信じる江戸っ子気質の地方生まれ地方育ち。
特に選んでいた物は「残り一点」「今季限りのデザイン」が主だった。こういうときに買った後悔と買わなかった後悔は後者の方が遙かにでかいのは知っている。
「(でもなあ)」
さすがに私の清水の舞台、私の演歌。果たして今日で覚悟は決まるだろうか。
今週何度目かの「伊勢丹お入り口」。「毎度ご来店下さり誠にありがとうございます」のアナウンス。本当に毎度ありがとうございますはこちらです。
1階を3週ぐらいしてバッグと財布を見繕う。3階に上がってUN3Dの気になっていたワンピースを着て、UNDERCOVERで迷っていたバッグを持たせて貰って肩慣らし。マックイーンの鞄も見せて貰うが今の自分には少し違う。MARUNIでは昨日気になった花柄のショッピングバッグと同じ形の白黒の模様とピンクがまぶしいバッグを手に持つ。確かにかわいい。
さてこっからが本番、とリスタイルに狙っていた靴があることをチェックしてマルジェラに向かう。
5ACミニマムの今季限りのデザインを出して貰って肩にかけると「!!」となる。この鞄は毎回「わっ」となるのだ、私も店員さんも。
「これは似合いますね……」
「えへへ……かわいいですね……」
「こちらは限定のデザインになっているので国内でも置いてあるお店も少ないんですよ」
「本店とかですか」
「そうですね、恵比寿とあとは表参道とか。だからマルジェラの中でもさらに他の人とはかぶらないです」
……やめてくれ。その台詞は私に効く。
他にもいくつか出して貰うがやっぱり最初の5ACに戻る。どうしたものかと考えてとりあえず一旦考えさせて貰うことにする。
ふと、思いついたひらめきがあった。が、時刻は昼時。とりあえずはーー何か胃に入れないと冷静に判断できない。とようやく学んだ私は一旦外に出て昼ご飯を食べることにする。喫茶店のマカロニグラタンは美味しかった。
マカロニグラタンとラジオの音声で少しばかり冷静さを取り戻した私の中にふつふつと湧き上がるものがある。「これさえあれば私は清水の舞台で五回転半できるかもしれない」頭は冷静に、心は燃えたぎって、また私は新宿伊勢丹に戻り1階のGUCCIに向かう。
「パイソン柄の黒い財布ってありますか?」
「演歌バッグ」として最初に候補として躍り出ていたのはGUCCIのダイアナだった。パイソン柄の分、かわいらしくないお値段のかわいい黒のバッグに蛍光のベルト。さすがに迎え入れたら破産する、いくらあと数日で値段が上がろうと逆立ちしたって無理なもんは無理ーー!!と、悩んだ私は本日ある結論に至ったのだ。
「パイソンのお値段が高いと嘆くなら面積が小さいアイテムならもうちょっと安くなるんじゃない?」
なんつーマリーアントワネットだ、と思いながら財布なら好きな物のエッセンスを落とし込めるとワンチャンの希望をかけて問い合わせた。すると
「……こちらパイソンのアイテムはたくさんあるのですが、黒はもう……日本にあと2点」
「あと2点!!」
「はい、ここから一番近いのは西武池袋の一階……あとは福岡のお店です」
福岡はこの前出張で行ったからしばらく行く機会はない、ただし西武池袋なら地下鉄で一本で行ける。
心拍数が上がるのを感じる。「これなら手に届く」「じゃあもう」「全て覚悟決めちまえよ」
やったるわああああああい!!!!
と、西武池袋にかちこむ前に慌てて3階に戻る。まずは靴と鞄からだ。
リスタイルで欲しかった靴を買い(残り1点だった)、マルジェラに戻ると店員さんがまた出迎えてくれる。
「やっぱりあれがいいと思ったんで」
「ありがとうございます。お値段などはご存じですか?」
「何回か併せるために来店しておりまして、初回に控えていただいた物があります」
「お控えはありますか?」
「こちらで」
そう言って差し出すと初回で接客してくださった店員さんがやってきて対応を交代する。
「ありがとうございます」
「一週間ぐらい悩んでやっと決意が出来ました」
「確かに一週間ぐらい!本当にお似合いでした」
我が人生憎いなし、と包んで貰っている間にずっと沸き立っていた心が凪いで行くのを感じる。正解なんて無いことは知っているが「最適」は選べたと思うとすっと背が伸びる。
無作為なマルジェラの布の袋に入れられた5ACを丁寧に持ち上げて店の外へ出る。
あとはメトロに揺られて西武池袋。昔からよく通っているのでGUCCIの場所はすぐに分かった。
「本日はどちらでお探しですか?」
「財布なんですが」
「どのようなものをお探しですか?」
「……黒のパイソンの二つ折り財布で」
すっかり品番を控えて貰ったカードを差し出すことも忘れて店員さんに再度探して出して貰ったものは、本当に、ため息が出るぐらい美しかった。
「……きれいですね」
「ほんと」
「……ほんときれい」
他にもパイソン柄の財布をいくつか出して貰ったが、黒の二つ折りの財布だけバンブーがついていてシンプルに「GUCCIですが?」と問いかける様をしている。蛍光のベルトはないがダイアナで落とし込みたかった要素は全部手のひらの上でまとまっていた。
個人的に「ブランドがすぐ分かる」ものが得意ではない。(ヴィヴィアン・ウエストウッドは除く)
配偶者も「一緒に店行って見て思ったけどGUCCIってもっとGUCCIってわからないものも出したらいいのにね」と言ってたが、私もそこそこそれには同意する。
「GUCCIでーーーす!!」(「マッチでーーーす!!」のイントネーションで)では私にはだめなのだ、すっとして「なにか?」としているぐらいがちょうどいい。
あの靴とあの鞄とこの財布を持てたら。今の服を着れたら。
め……っちゃさいこうじゃん。
ご用意いただいている間に店内を覗き何回目か分からないダイアナを試し持ちさせてもらう。さすがに本日の予算を更に超えるバッグを買えるほどの度量はないがいつか手にできることができますようにと念じる。(ただその頃には値上がりが終わって30%ぐらい増額するらしい。うそやん)
用意された専用の箱がとてもかわいくて美意識が何処までも詰まってることにまた感嘆の声が上がる。
「とりあえずこの箱の中にしばらく寝かせて一番いい日におろします」
「あ、確かにそういうのもありますよね。ちなみにお財布にお金を入れて寝かせておくとお金が増えていいそうですよ」
「へえ……!もったいなさ過ぎてそのまま使わずにいそう」
「使い倒して下さい!!」
店員さんに見送られて今日はいい買い物が出来たと満喫した私は久しぶりに西武池袋も覗くかとぐるりと回る。
5ACマイクロ、明らかに何も入らないからサブバッグ問題解決しないとなあ、と歩いてる先に迷っていたMARUNIのショッピングバッグを持っている人が歩いている。
「(……MARUNIってわかっちゃうなあ)」
やはり私は「具体的な主張の強さ」はあまり好きじゃないらしい。
新しくできたセレクトショップでMUVEILを取り扱っているのを知ってメトロポリタン美術館とのコラボバッグないかなあと覗こうとしたらちょうどそこ一体が新しいハンドバッグ売り場になっていた。
残念ながらメトロポリタン美術館コラボのバッグは入荷されていないと聞いて周りの店を覗くとポップアップで今日から出店しているお店のニットバッグに目が止まる。
赤っぽい紫、青っぽい紫、濃いめのピンク、青みの紫。自分のPCにぴったりと合った色合いだ。店員さんも色々と説明してくれたが即決しない……と言い聞かせてふと外に目線をやると服屋さんでぶら下がっている大きめのトートバッグを見つける。花の刺繍が綺麗で持ち手が不思議な代物で、これ!!と思いかけてふと立ち止まる。
「(私って、直接表現するの嫌いだってわかってるじゃん)」
花を見立てるなら単純に花を描けばいいのか。それだけじゃないだろう。
迷うな、ともう一回西武池袋をぐるぐると廻ってから改めてポップアップストアに戻る。
「おかえりなさいませ」
今日は、直感に任せよう。
「こちらご用意よろしいですか?」
会計を終えた頃にレジに飛んできてくれた人がいる。このブランドのデザイナーさんで他のお客さんと楽しげに話していたのをわざわざ中断してこちらに来てくれたらしい。
「戻ってきてご購入下さったんですよ」
「ほんまに~?うれしい!」
「いや~全部好きな色でしてつい……」
関西弁でキャラキャラと喋られるとつい勝手に親しみを持ってしまうのは何故だろう。ちなみに魔術師のジャケットを見立てた店員さんも正しくは関西弁のイントネーションでお話をされている。(今年の夏見た舞台で関西弁キャラにはまったからだろうか)
なんか、なんかよいものばかり得られたなとほくほくとしてメトロで帰る。自我を得たぐらいの赤子がベビーカーで泣いていたがふと気付くとだまってじっとこちらを見つめている。おお、お嬢さんお目が高い。この年でGUCCIの袋にご興味が?と機嫌を損ねないようにちらちらと目線を送る。
彼女は母親に連れられて途中の駅で降りていったが、彼女もいつか最高の鞄との出会いがあるだろうか。彼女が大人になる頃、どんなブランドがどんなプロダクトを生んでいるかと思うと少し、未来が楽しくなった気がした。
土曜夜:嗚呼演歌購入物展示会。
はい、正直に申し上げます、ここからは自慢です。
うーん、並べてみると「全員主役」感がありますよね。とはいえだれも食い合ってない……バイプレイヤーズ……?
(あと全体的に写真が壊滅的に下手すぎて切れてる。ほんとすみません)
改めてみるとやっぱり「具体的」なのはだめなんだ、エッセンス的に語るのが好きなんだ、あとはやっぱり「かっこいい」って言われると嬉しいんだ……って響いて来るチョイスですね。
とはいえマックイーンやルブタンのような「牙のある」のは少しテイストが違うんですよね……自分の中のちょうど良さが難しい。
デフォルメ、とかパロディとか、やっぱりどこか面白さが欲しいしそれが「唯一無二」ってなればなるほど嬉しい。あと何より思った以上に激しい自己主張がある!!「個性的だね」って言葉、言い方によっては結構傷つくパターンもありますけど自分には言ってあげてもよさそうかもしれない。ただのモノトーンじゃ無くて遊びがあるやつがいいってわけね、という今回のチョイスを分析して思う。
あと今日晩ご飯のぶり大根を食べながら見ていた録画していた宝塚のBADDY、めっちゃおもろかったんですけどテーマソング初手一発目で「邪魔だ、どけ!」って歌詞から始まるのめっちゃ「わかる~」だな……って噛みしめてます。
これもこれからの自分のテーマになっていくかもしれない……。
土曜深夜:伊勢丹の息が合わさる衝突地点。
「やっと心が落ち着いてきた」
いきなり多量の買い物をしてきた私の決意に金銭面的な心配をした配偶者がぼそりと呟く。
「別にあなたのお金にたかるわけじゃないんだから」
てめえの金とてめえの稼ぎでどうにかやりますよと買った物を袋に収めた私は、取り急ぎ吉日までGUCCIの財布を我が家の神棚(実際は普通の棚なのだが、お正月に行ってきた厄払いの諸々を飾っている箇所を仮の神棚としている)に鎮座させる。
「いやでもまあ、あなたはバーキンも腐るってこと知ってるから大丈夫だと思うけど」
「まあね~だからこのバッグ革じゃないの選んだのよ」
「ほんとだ、かしこい」
バーキンを腐らせた女こと、私の母と19歳の夏に伊勢丹新宿店の交差点側の入り口近くで待ち合わせをしていた。その時私は人生の中でも結構痩せている方で、母親に文句を言われたら敵わんとおとなしめな服を着ていた気がする。その日は成人式の振り袖の展示会をしていると、地元の百貨店の店員さんが母に案内を知らせてくれたそうで、着道楽の母はそのためだけに1日日帰りで東京にやって来ていた。
「遠くから見たらすっごい美人がいると思ったら、なんだあんただったの」
初手から褒められてるのかけなされてるのか分からない私は「ああ、はい」みたいな曖昧な返事をして母の案内のまま展示会に向かう。「色を見るだけでもいいから」と言っていたはずだったのに結局いくつかの反物で迷い、薄いピンクに橘の花が白抜きで描かれて花の縁に金の刺繍がされた反物を選んだ。
「あとは仕立上がってきたらこれに合う帯と襟巻き探さないとね、あ、それはもう全部こっちで見立てるからあんたはいいわよ」
私のイベントなんだけど、勝手に盛り上がるもんだな。そう思って後ろを歩く。
結局、当日は冬休みに出た課題を予定期間中にこなすことが出来ずに徹夜で家のPCを使わせて貰って課題に取り組み、そのまま朝5時の着付けに向かった。メイクでは真っ先に目の下のクマを隠すコンシーラーを塗られてほんとすみませんと謝りながら仕上げて貰ってそのまま家に戻って振り袖姿で課題の続きをする。
「時間が無いから式には出ない。予約してくれた写真だけ撮りに行く。あとは全部課題するから」
そう宣言した私は、親不孝だったかも知れないが単位を無碍にするのも親不孝といえばそうかもしれない。結局お昼に一回写真を撮るために出かけただけで脱ぎ捨てた振り袖は、唯一年下のいとこが着てくれたらしい。
またもう一日徹夜して、作り終えた課題を箱やらケースやらに詰め直して朝一番の新幹線に乗る。そうすれば朝の提出時間に間に合う。今考えるだけでも胃が痛くなるタイムスケジュールだ。二轍目の朝、荷造りを終えた後で最後の調整をしている私に母はブラックコーヒーを出した。
課題は無事提出できた。私は、学生時代からの諸々の激闘こと徹夜の結果コーヒーが嫌いな大人に育った。伊勢丹新宿店は思い入れがすこしありすぎて、見つめ直すには時間もかかった。通う度にどこかうずく傷もあった。でも、ここまでこれた。
でも私はもう言われたとおりの振り袖じゃ無くて、自分で選んで買った服と靴と鞄と財布を持って生きていくことが出来る。ここまで来るのに、17年かかった。
「ここまで来るのに、2回目の成人式にならんでよかったな」
今、ノートPCに文章を打ち込む私は19歳の心細く母を待っていた私の背中を見て思う。君なあ、自分が思ってるよりちゃんとかわいいしかっこいいし美人だから、もうちょい胸張りな。大丈夫、もう私はちゃんとあなたのことも新宿の交差点のことも真っ直ぐに見れる大人になれた。……はずだと思うから、今日得た相棒たちとこれから絶対に証明してみせる。
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