新宿発西荻窪経由有楽町行き。(もしくは今週末の買い物について)
やっと買った物の話が出来そうだ。
さて、私はこの一週間疲労と怒りを溜めていた。
秘蔵の鍋はぐつぐつと煮えたって、噴出しないように今週の前半は夜は銀座のおしゃれな店を廻って精神を解放していた。
バーニーズニューヨークは素晴らしい物に満ちあふれて歩くだけで鼻血が出そうだったし、ドーバーストリートマーケットの「おしゃれ右ストレート」を食らってぶっ倒れそうになった。
だが限界が来た。金曜日の夜、私は新宿三丁目に向かっていた。
「伊勢丹新宿に足を踏み入れねばいけない」
最近の勝負服で固めた私の姿は、会社の中で誰にも何も言われなかった。
(誰も私のことを気にしていない)
(忘れられている)
そんな怒りは同時に安堵も生む。
(誰にも注目されていないなら勝手にできる)
(どうか私に目を向けないでくれ)
私は一日をかけて淡々と自分の仕事を終えた。
部屋から出ると年長者の男性たちが何か分からないが共通の話題で盛り上がっていた。
早く帰ろう。と、ほぼ定時で退勤を切って帰ることにした。
このジャケットだって、ジレだってブラウスだってスカートだって全部全部最高だけどお前らにはわっかんねえだろうなあ!!
「おつかれさまです」
強迫にも似た気持ちで揺られるメトロ。早く着いてくれ、と願う。
「いつかほしい」と思っていた次の買い物の予定を決めたのは、雷のような怒りが原因だった。
怒りで買い物はしていけない、とわかっている。もっと楽しく、明るく、とはわかっている。
だとしても、何かこの気持ちを託した物が必要なのだ。だと私は信じている。
みんなのしらないわたしになりたい。
変身願望、転じて現実逃避。
金曜の夜、私はとりつかれるように伊勢丹の入り口に足を踏み入れた。
包み込む靴、ひび割れるケース。
自分のことを優しくしてくれる存在として欲しかったのは、ルカグロッシのビットローファーだった。
YourFit365で最初に選んでもらった1足、最高にぴったりと足に吸い付いて私のことを甘やかしてくれるぐらいに包み込んでくれる。
これさえあれば私はいくらでも歩けると思うような錯覚にさえ思わせる。
アキラナカのローファーがかわいげがあって愛されるもの(たまに痛みを伴う)だとすれば、ルカグロッシは優しい質実剛健(包み込む存在)。
https://www.mistore.jp/shopping/product/900000000000000002147851.html
うーんしかし、やっぱり。
そう悩む私に店員さんの囁きは甘い。
「自分に合う木型ってなかなか見つけられないですし、輸入品となったらもうなくなったら終わりなので」
そうですよねえ……と私のサイズが残り1足であることも確認して私は諦めた。今はこんな優しい靴が欲しい。
ということで私は今週2足目の靴を迎えた。私に優しい靴を得た。
購入後にYourFit365で靴選びに付き合って貰った店員さんがまだいらっしゃることにも気付いて声をかけるととても嬉しそうにしてくれて、ぐつぐつと煮え立つ心の私もよかったと納得する。
「今日のお洋服も素敵、見ていいですか?」
やっと、言って欲しい一言が貰えた。今日、初めて言って貰えた。
「はい、もちろんどうぞ」
やっと今日煮詰めた鍋の火を落とせるような気がした。
次に向かったのはメゾン・マルジェラ。
5acを手に入れた後、バーニーズニューヨークでカードケースを探しているときに見つけたブロークンミラー仕上げのカードケース。
割れた鏡が貼り付けられた5acにぴったり合うと興奮気味に型番を調べて今度買うリストとして候補に挙げたのだが。
「今ないと嫌だ」と心の中の私がだだをこねている。
5acはとっても小さいし、今使っている定期入れはもうぼろぼろ。こんなの明日から使う新しい鞄に入れたくない。大事にしたいものだけいれたい!!
スキップスキップレディオでも紹介されていたマルジェラのキーワードもずっと頭の中で渦巻いていた。
「ミステリアス・謎・異質・エッジー・アヴァンギャルド・破壊・真面目・マメ・自由・知的」
自分が言われたい言葉が並んでいる。『謎』は勿論、真面目だけど自由でもありたい。マメだけどアヴァンギャルドでありたい。知的だけどエッジーでありたい。今日ぶちあたった「誰にも何も言われない」という怒りも、マルジェラの「匿名性」をかませば救われるかもしれない。
そこで私は今一度、5acを買った店でカードケースを見せて貰うことにしたのだ。
そこで言われたのが、「このカードケースは銀の素材がラミネート加工されて貼り付けられていて、使っている間にひびが入っているところから崩れていくんですよ」という話だった。
「使っていくうちに黒い革の地が見えてくるところも合わせて風合いを楽しんでいただけるようになっています」
あああああ!!
そう、そういう、そういうことなんです。
私が誰かのタトゥーになりたいとか温泉まんじゅうに焼き鏝をつけるだのそういうのを考えていたのは、全部「そういうこと」に帰結するのです。
新品のピカピカを愛するだけじゃ無くてぼろぼろでくたびれていっても「そのよさ」を味わうこと。
一つ一つにクラックが入っていて風合いがちがって、こんなに傷だらけなのにピカピカと光って、次第に自分の使った証が残った「忘れられない唯一の存在」になれるなんて。
私もこうなりたい。こうあれ。
私はそう念じて買うことを決意した。
優しく包み込んでくれる存在と「こうありたい」存在。どちらも大事と思いながら私は買い物を終えて少しサロパに寄っていい匂いをいくつか嗅がせて貰って家に帰る。
ただどうしようもないむなしさは、埋める方法が分からず。
その日は倒れるように眠った。
邯鄲の枕、船酔いの夜。
土曜日。
相変わらず配偶者は爆睡している。
今日は天赦日で大安、この日に新しい買った物を降ろすことに決めていた。
鞄と財布、カードケースに靴。私は割とこういう物を気にするタイプ。
5acマイクロに入れる物だけを厳選すると、思った以上に何も入らず思った以上に余計な物にとらわれていたことに気がつく。
なんでいつもあんなに重たい荷物を運んでひいひい言っているのだろう。私は自分の要領の悪さを改めて読み返す。
淡々と出かける支度をして髪の毛をブローするとその音で起きてきたのかぼんやりとした表情で脱衣所の入り口に立っていた。
「……またねてた」
「今日気圧低いから仕方ないよ」
今日はゆっくりしておきなよと緩くかけたパーマが戻るように指先でくるくると髪の毛を巻いた私は出かける準備の仕上げとして指輪をつける。
土曜日はアクセサリーを見に行くからと先に宣言していたので、配偶者は納得したように頷く。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
久々に向かう場所は、思ったよりも遠かった。
西荻窪は学生時代、サークルの稽古の都合で別の大学の教室を利用するときに通ったことがある。その大学にも友人がいたし、有名建築として名高いあの空間はとても好きだ。あと休日は快速が止まらなくて、ガード下のSEIYUが鰻の寝床のよう。
まあそれぐらいの知識しか無いんだけど、と考えながら足取りは慣れていない南の方へと向かう。一直線でいけた、と驚いたところでそおっと店内を覗く。
「ご予約のお客様ですか」
「アクセサリーの展示を」
「奥へどうぞ」
現在西荻窪の金木犀茶店で実施されているPatterieさんの展示を見に行った。
素敵な物ばかりでわあっと喜んでいるとふと「ガールズの方ですか?」と話しかけられる。
「そのバッグ、あきやさんがRTしていたので」
「あ、あ、はい!!今日初めて降ろして、初めて来た場所がここで!!」
私は慌てると手が震えるのだが明らかに一気に震えていた。
自分から見に来ておいてどの口がと言う話だが、ラジオを聴いたことやあきやさんやりえさんとの共通点のはなしをさせて貰うと喜んで貰えてほっとする。
嬉しくて仕方が無くて色んな物を試させて貰った。
ピアスはなんとフリンジだけで無くボタンもその場で選ばせて貰える!やさしい!!もはやこれはオーダー!
全体のコーディネートに併せた提案で飾られた指先はきらきらとして仕方が無い。
「あー!こうなりたかった!!これです!!」
と叫びだしそうになるのを必死で抑えて、自分なりにストーリーを構築した指先を見つめて納得する。
これだ。これしかあるまい。
小さなお店の中にいる間、私はずっと幸せに包まれていた。
作った人の優しさが漂う夢のような世界に浸れる、すばらしい展示会。
また次の機会にもお伺いしたいと思いながら会場を後にする。
西荻窪で何かご飯でも食べようかと考えたが、前をゆっくりと歩く人々の牛歩に遮られて急にいやになって駅に戻る。次の目的地か次の次の目的地で食べようと決めて電車に揺られる。
乗り継いだ路線は長く、気が遠くなるほど電車に揺られる。
ふと、『電車酔い』を感じた。
小さい頃はよく酔いやすかったが、最近はなかったはずなのにーーと思いながら気圧の分かるアプリを確認しながら気圧が落ちきっているのを把握する。
世界が私をゆるがせに来ている。そう思って必死で諸々堪えて次の地へたどり着いた。
有楽町交通会館前。
土曜日でも賑やかに市場が開かれていてそこでは楽しげな会話が繰り広げられている。
真っ直ぐに向かったのは、『千葉スペシャル』の店頭。
「どうぞ」
と私に呼びかけたのは、まさにこの店の創業者の千葉社長だった。
まさか二回目でこの機会に恵まれるとはとまた手を震わせている私をよそに千葉社長は愉快そうに話す。
どうして価格が上がるのか、どうしてここで店を開けることができるのか、どうして磨き道具の中にナイフがあるのか、禅問答のような会話は流転して予想外の地に着地する。
「うっわ、おもしろい」
陳腐な私の言葉にも靴を拭いながらふふふと笑う。
「布で拭くときは後ろから前に向かってね、前から後ろには絶対にやっちゃダメ」
「はい」
おろしたての昨日買ったルカグロッシの革は柔らかく仕上がり、更にすうっと足になじむ。
どんな魔法が使われているのだろう。そう思いながらも私はすっかり世界の揺れに脅かされていた。
はやくおうちにかえりたい。かえらねば。
必死で電車に乗って途中の駅で降りてシューツリーを買い、おなかを温めるためのうどんを食べ、私は家に帰りしばしの間布団の上で沈没する。
今日の気圧は思った以上に強気だった。
気圧の揺れは一日中止まず、夕方なんとか向かった鍼灸院のマッサージですっきりとしたはずなのに、晩ご飯も美味しかったがぐるぐると思考が巡る。
前述のnoteのように「タトゥーと焼き印」の話をしながらうめく私に「うまくセルフデバッグが出来てないね」と私を分析した配偶者は
「今のあなたが上手くいってないのは、外的要因によるものだから気にしないでまずは寝ること」
「心技体の、体がだめってことね……ぉうぇええええ……」
修学旅行時に味わった一番強い船酔いと同じぐらいのぐらつきを食らった私は、おとなしく布団に向かって無理矢理自分を寝かせる。
そうして日曜日。
晴れたから洗濯をしようとバタバタと準備をしていたところで目を覚ました配偶者が残りの洗濯物もかき集めて脱衣所の入り口に立つ。
「洗濯終わったら今日何しようかな」
「気圧も低いし無理しない方がいいよ。ああでも、天気もいいし暖かいから散歩もいいかもね」
「久々に歩こうかなあ、運動不足だし」
「行っておいでよ」
私はまだ金曜日から揺蕩う怒りを上手く処理できずにいた。
他の考え事も飛び込んできたし、気圧の乱れはまだ影響を残していたし、少し一人になりたかった。
洗濯を終えて再度横たわる私の背中に「じゃあいってきます」と配偶者が声をかける。
いってらっしゃい、と返して目を閉じる。全てを解決してくれる魔法は存在しないだろうか。数時間寝て、ぼやりとしたままパソコンの前に向かう。
やっぱり魔法は存在しない。
自分のことは自分で救わないといけない。
だから、また書こう。言葉にすれば何か変わるはずだ。
そう思って午後からやっと思い立って文字を書き出すことが出来た。
本日2編のnoteが書き上がったのはこういう理由がある。
さて、今日の晩ご飯は天ぷらだと聞いた。
台所から音がし始めたしそろそろ手伝いに行こうかと文を締めようとする。
煮詰まっていた鍋はまた明日になれば火がかかるだろう。その繰り返しだとしても、日曜日ぐらいは好きな物を作るためにコンロの火をつけたっていいはずだ。
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