佐々木俊尚インタビュー 〜もう一度リアリティを生きるために〜 前編
俳優・大東駿介さんによるnoteインタビューメディア『イエローブラックホール』、4人目のゲストはジャーナリストの佐々木俊尚さんです。佐々木さんは昨年、テクノロジーの発達により「過去・現在・未来」がフラットになった現代における「生」を解説した大作『時間とテクノロジー』を上梓(まさにこのnoteにてプロローグおよび第一章を公開中です)。本書は、「こうすればうまくいくよ」という自己啓発でもなく、かといって諦念を植え付けるのでもない、読者に多様かつ具体的な視座を与えることにより、各々がきちんと地に足をつけて「もう一度リアリティを生きる」ための指南書となっています。
今回はそんな佐々木さんに、コロナ禍で様変わりした「距離」のこと、SNSの現状、今のグレーな状況をどう生き抜くかについて、具体的なリファレンスを挙げながら分かりやすい言葉でお話いただきました。
インタビュー・大東駿介/テキスト・長畑宏明
佐々木俊尚
1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆・発信している。総務省情報通信白書編集委員。『時間とテクノロジー』『そして、暮らしは共同体になる。』『キュレーションの時代』など著書多数。Twitterのフォロワーは約78万人。
今はあらゆるものごとが、近くもなく遠くもない、っていう宙ぶらりんな状態になってしまっている。
大東 こんにちは。本日も前回から引き続きZoomからつないでいまして、ジャーナリストの佐々木俊尚さんにお越しいただきました。よろしくお願いします!
佐々木 よろしくお願いします。
大東 今日は映画監督のHIKARIさんにもご参加いただきつつ、早速ですが、この外出自粛期間中、佐々木さんはどのように動かれていたんですか?
佐々木 まず取材とテレビ出演などはすべてリモートでしたね。それとこの期間中、トークセッションを3回くらいやりまして、この前は「ウィズ・コロナ時代の移動生活」というテーマで5人のディスカッションをYouTubeで配信しました。
大東 移動生活、なるほど。たしか佐々木さんは拠点を複数お持ちなんですよね?
佐々木 はい。軽井沢と福井県の美浜町、東京の3つですね。ただ、自粛要請が出てからはずっと東京にいましたが。
大東 Zoomでトークセッションをやる際に何か難しさを感じましたか?
佐々木 相づちとかボディランゲージができないのはやっぱり難しいです。むかし僕が新聞の事件記者をやっていた時は、事件の目撃者とか犯人に取材するわけで、その人たちには話したくないことを話してもらわなきゃいけない。そこが普通の取材とは違うところ。ほんのいとぐちから「へーー! すごいですねーー!!」ってはやし立てて続きを引き出すっていう、それが新聞記者の本質的なスキルなんです。だけど今はそれができない。
大東 逆にリモートのメリットで何か思いつきますか?
佐々木 この前のトークイベントでいうと、リアルだったらせいぜい100人か150人のところが、YouTubeでは視聴者数がのべ1000人、最大瞬間風速で450人くらい集まったんですよ。オンラインだと地方の人たちが気軽に参加できるので、特にそこは良いところだと思います。
大東 僕はリモートだと、これまで相手の息遣いとかフィルターを通っていない声のトーンで人を読み取っていたところが、ぜんぶ封じられている気がしていて。ふだん言葉以外のところからキャッチする部分も大きいじゃないですか。だからこの取材もリモートになってから、言葉以外の情報の少なさに、正直かなり戸惑ったんですよ。
佐々木 分かります。エドワード・ホールっていう文化人類学者が書いた『かくれた次元』っていう古典的名著があるんですけど、その中で彼は、人と人の距離を4つに分けているんですよ。もっとも短いのが密接距離。抱き合ったりキスしたりするくらいの距離ですね。次は個体距離で、手を伸ばせば触れられる距離。3つめは社会距離。これは今のソーシャル・ディスタンシングと同じで、具体的には2メートルから4メートル。で、もっとも遠いのが公衆距離。いわば演説者とオーディエンスの関係です。それで、今大東さんがお話された体温とか匂いまで感じられる近さは、個体距離までなんですよ。ただそれがZoomだと社会距離まで遠ざかってしまう。一方でSNSが出てきてから、かつては公衆距離だったのものが社会距離まで近づいてきている。今だったら芸能人やアーティストにだって気軽にリプライを送れるわけですから。
大東 つまり、すべてが社会距離に集約されてしまうと。
佐々木 そうです。今はあらゆるものごとが、近くもなく遠くもない、っていう宙ぶらりんな状態になってしまっている。
大東 この前のテラスハウスのケース(出演者の木村花さんがオンラインでの激しい誹謗中傷を苦に自殺してしまった事件)がまさにそうですが、会ったこともない人の言葉を真正面から受け止めてしまうくらい、今は人の所在や位置関係があやふやになっているのが怖い。逆に、リモート飲みをしている時なんかは、ずっと自分の部屋にいるから相手と妙に親しくなることもあって、なんなんだこれはと。
佐々木 テラスハウスの件は、オーディエンスと出演者の距離が近くなりすぎたゆえの悲劇だと思います。リアリティ・ショーってすごく不思議な空間で、最初にキャラクターの設定だけがあって、そこからどこに転がっていくかは本人ら次第。だからドラマではない。かといって、コンセプトにあわせて素材を用意していくわけじゃないから、ドキュメンタリーでもない。
大東 そうですね。
佐々木 そしてその世界がSNSと連動している。「昨日の花ちゃんのやりとりはきつかったね」みたいな書き込みがあった場合に、それを目撃したオーディエンスはどこからどこまでがリアルなのか、もう分からないですよね。でもそれがこの番組が面白がられる理由でもあった。
常に相手の存在がそこにあることが分かる、それだけが生きている証になる。
大東 これは、佐々木さんが書かれた『時間とテクノロジー』(2019年発行/光文社)を読んでいても感じたことなんですが、過去と現在と未来が並列になった中で、ノスタルジーも感じなくなって、そこでどうやってものごとの位置を測るのかっていうと、もうそれは自分の心でしかないなと。僕はいまだに本とかCDを買っちゃうんですよね。それってつまり、 “もの”を買った時の思い出、なぜそれを手にしたかっていう記憶だけが、この時代を生き抜く命綱だと思っているからで。
佐々木 自分がどこに固定されているかっていう、哲学用語でいうところの「実存」がもはやないわけです。過去も未来もなければ、プライベートとパブリックの境界線も消えつつあって、さらに外部の私生活が自分の私生活に入り込んでくる。そんな状況において――これはあの本の中でも書きましたが――、世界と自分の間の摩擦感だけが「自分は生きている」という実感につながるんです。要はさっきの密接距離と個体距離の話ですね。常に相手の存在がそこにあることが分かる、それだけが生きている証になる。でも、その感じ方がみんな一律で同じかというと、そうじゃない。
大東 はい。
佐々木 この取材を受けるにあたって『37 Seconds』を拝見したんですが、あの作品は障害者が抱えるコミュニケーションの問題をはらんでいますよね。そこで頭に浮かんだのは、伊藤亜紗さん(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)の『目の見えない人は世界をどう見ているのか』という本です。そこには、世界認識においては健常者が理想的で、視覚障害者がそれに劣っているとされているけれど、現実は違うんじゃないか、という趣旨のことが書かれているんですね。例えば健常者に「富士山をイメージしてみてください」というと、たいていの人は上が白くなっている三角形の図形を描きます。でも視覚障害者の場合は、最初が模型の触覚イメージなので、富士山は立体的な円錐だという。で、三角形と円錐の立体、どちらが富士山に近いのか。これはもちろん後者ですよね。つまりこのケースでは、視覚障害者のイメージのほうがリアルに近い。
ただこれは、どちらが優れているという話でもなくて、色んな認識があるという学びなんです。大東さんは役者だから相手の呼吸が感じられる方が「リアル」なのかもしれませんが、コミュニケーション障害の人からすればインターネット空間の方が「リアル」かもしれない。だから、ネットが出てきたことで初めて自分の居場所を見つけられた人のことも忘れちゃいけないんです。
色んな感じ方をする人がいて当たり前なのに、そのコンテンツをどう消費するか、鑑賞するかの道筋が何となく決められていく。
大東 つまり個々がどう判断するか、でしかないと。今は特にそれが求められる時代ですよね。本当はそれが分かり始めているのに、それでもまだ個人の意見の違いから集団的摩擦がどんどん起きているのは、なんでなんだろうと疑問に思います。コロナの問題にしても新たな対立を生むばかりで、「自分で判断するしかない」にたどり着かないのは、なぜなんでしょうか。
佐々木 ひとつ、この国では視線の固定化がおきやすい。テラスハウスにしてもそうなんですけど、生の現場で撮ってきたものをそのまま見せればいいはずなのに、そこでなぜスタジオのツッコミが必要かというと、製作者たちが「現場の絵だけじゃ楽しめないよね」っておせっかいを焼いているから。こうやったら楽しめますよ、っていう補助線をひいている。これって視聴者を馬鹿にしているっていう見方もできるんだけど、ある種の視線の固定化を促しているともいえる。色んな感じ方をする人がいて当たり前なのに、そのコンテンツをどう消費するか、鑑賞するかの道筋が何となく決められていく。今叫ばれている多様性は本来、別の視点をどう作っていくかの話であるはずなんですが……
HIKARI 私は海外に出てしばらく経つんですけど、なぜ日本のリアリティ・ショーがこんなに人気かというと、出演者たちがとにかく優しいからなんですよね。アメリカでは「おれを見てくれ!」っていう人の集まりで、自らドラマを作りにいくし、すぐにみんな思ったことを口に出しちゃう。今回、テラスハウスのことをきっかけに私も色んな方面から情報を集めていく中で、日本のメディアは嘘の世界をあたかも本当のことかのように、うまい感じで浸透させてしまうなあと強く感じました。客観的に見た時に、メディアや製作側がコンテンツに不必要な“何か”を入れることによって、どんどんオーディエンスがバカになっている現状がありますよね。
大東 そういえば、以前このnoteでインタビューさせていただいた佐久間宣行さんも、「人を傷つけない表現はない」っていう言い方をされていました。やっぱりSNS空間はいよいよ限界なんですかね? そこで健全な議論が生まれることはもう期待できないですか?
佐々木 いや。僕は逆に、未来は明るいと思っています。SNSが始まってまだせいぜい10年くらいのものでしょう。それでもう諦めるのは早すぎる。もちろん、Twitterだけでいいのかとか、プラットフォームのバリエーションに関しては議論の余地があるにせよ、一つ確実に言えることは、僕たちはSNSにもっと慣れていきますよ。
東日本大震災とコロナ禍でSNSの状況を比べてみると、明らかに今のほうがまともになっている。
大東 実は松島倫明さんとの対話でも、テクノロジーに対してどう向き合うかという議題があって、そこでも僕はテクノロジーの進化に対して100%肯定的になれなかったんですが、佐々木さんはきっぱり「未来は明るい」と。
佐々木 ここは順を追って説明していきますね。慶応大学の田中辰雄先生は、経済学者の山口真一さんとの共著『ネット炎上の研究』の中で、「SNSは強力な武器だ」と書きました。例えば、軍事技術は強力な武器です。だけど、それが世に出たての頃に大砲とか毒ガスとか戦車を何の規制もなく使っていたら、第一次世界大戦のような大惨事が起きてしまった。でも、そこから軍事規制をかけるようになったりして、次第に人間がコントロールできるようになっていったんです。だからSNSに関しても、私たちはまだその機能を持て余しているんですよね。
大東 それでも初期の頃を比べれば、まだマシになったといえるんでしょうか?
佐々木 そうだと思いますよ。東日本大震災とコロナ禍でSNSの状況を比べてみると、明らかに今のほうがまともになっている。3.11の時は色んなデマが出回って、そこで僕が「科学的な根拠に基づいて行動していきましょう」と発信すると、「あいつは東京電力と組んでいる」とか「佐々木は国の御用ジャーナリストだ」なんて言われましたから。だって、放射線の影響で東京に住めなくなるなんて話もありましたが、結局10年経って何も起きなかったじゃないですか。つまり情報が間違っていたんです。今も、西浦博さん(感染症学者/北海道大学大学院医学研究院教授。専門家会議メンバーとしての立場から、感染対策として「接触8割減」を提言)のような専門家が発言すると、わーって批判される。でも実は、その他にも多くの医療クラスタの人たちがSNSで発信されていて、僕が20〜30人をフォローしている範囲でいえば、テレビなんかで変な情報が出た時、その人たちの「これは間違っているよね」っていう認識はかなり共通しているんですよ。つまり、横断的に医療クラスタの人たちを追っていれば、だいたいの共通認識が見えるようになってきている。昔はそれができなかった。あと発信者もSNSに慣れてきたので、昔だと批判されるとしゅんとなって引っ込んでいたところが、今はぜんぜんへこたれていない。
長畑 ちなみに大東さんが自分なりに集めた情報を編んでSNSで発信することは特に考えていないんですか?
大東 うーん、僕が感じるのは、今は情報の量があまりに多いじゃないですか。で、その中からどれをチョイスするかの判断軸は自分で作っていくしかないから、それを他人に共有するのはどうも……指原莉乃さんもその気持ちを正直に言って叩かれましたが、それもよくわからないんですよ。だって、情報は自分を守ってくれるものだと思っているから。自分がどれだけ情報を集めたとしても、それはあくまで自分のできる範囲でしかなくて、それを「これが正しい!」って発信することはできない。そういう個々の解釈の集合体が社会だとすると、どこか自分の考えに関しては「個々の解釈で片付けさせてよ」って思っているところがあるのかもしれないです。
*第一回ここまで。第二回は次週公開予定です。
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