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佐々木俊尚インタビュー 〜もう一度リアリティを生きるために〜 後編


前編はこちらより。

インタビュー・大東駿介/テキスト・長畑宏明

佐々木俊尚
1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆・発信している。総務省情報通信白書編集委員。『時間とテクノロジー』『そして、暮らしは共同体になる。』『キュレーションの時代』など著書多数。Twitterのフォロワーは約78万人。

大東 このコロナ禍における被害のサイズ感というか、そのリアリティも情報番組を通してでしかキャッチできないんですが、自殺率とかは上がっているんですか? 実際に生活のダメージをくらった人たちの数って分かるものなんでしょうか?


佐々木 藤井聡さん(工学者/京都大学大学院工学研究科教授)は、今後コロナが原因で14万人〜26万人の自殺者が出るという予測を出していますよね。でも直近のことでいうと、実は3月4月の自殺者数は前年と比べて減っているんですよ。それはね、出社しなくなって対人関係の悩みがなくなったから。ただ長期的に見ると、どうなるかは分かりませんが。

そのピュアさに対する強い憧れが、グレーなものごとを許容しない風潮につながっている。

大東 ここから先、みんなまた社会に戻らなきゃいけないわけじゃないですか。マラソン中に一回でも歩くと走れなくなるように、一回止まった後に走り出さなきゃいけないのって、だいぶしんどいですよね。しかもコロナがいつ収束するか分からない、そういうはっきりしない状況で頑張るって……


佐々木 そう、難しい局面ですよ。こういうくくり方もあれなんですが、日本人ってピュアなもの、清潔なもの、正常なものへの憧れが強い。だから幼いものが好きだし、中高生の恋愛映画も多い。中高生の恋愛はピュアで美しいと思っている。誰もフランス映画で出てくるような中年の恋愛は見たくないんです。大人に対して嫌悪感があるし、すでに立派な大人といえる年齢でも「大人になりたくない」と思っている人が多い。
 それで、そのピュアさに対する強い憧れが、グレーなものごとを許容しない風潮につながっている。コロナのことにしても、すぐ「全員PCR検査やったほうがいい」って騒ぐんだけど、それは意味がないって多くの専門家が言っているわけです。じゃあどうやったら治るんだ、って、いやこれは治らないんだよ、と。熱が出たらいったん家でじっとしているしかないんだ、って言っても、今度は「そんな中途半端なこと言うな!」という批判が巻き起こる。でもね、僕が現状を認識している範囲でいうと、コロナの状況は白でも黒でもなくてものすごくグレーなんです。


大東 みんな何か正解を提示してほしいんですよね。


佐々木 コロナが収束するには、ワクチンが開発されるか、特効薬が開発されるか、集団免疫を獲得するか、その3種類しかない。で、集団免疫ができるのはおそらく何年も先、ワクチンはまだ目処が立っていなくて、そもそも今回のコロナはワクチンができないかもしれないという声すらある。今回、緊急事態宣言があけたといっても、その中で感染者数はじわじわ増えていくわけですよ。それで限度を超えるとまた緊急事態宣言が発出される。いつ何時それを起きるか分からない。このやり方を世界では「ハンマー&ダンス」(ロックダウンのような強力な対策で感染者数を徹底的に減らす=「ハンマー」と、ワクチン開発を目指しつつ常日頃からソーシャル・ディスタンシングを意識してウイルスと共存する=「ダンス」を組み合わせた対策基本方針)と呼んでいるんですが、それってつまりグレーな状態なんです。だから、正解を求めがちな社会の中で、今は日本人にとって一番難しい課題に向かっているところだと思います。


HIKARI これまで日本人は一つのことを極めるのはすごいとされてきた。だからこそ、そのグレーの中で何か新しいものが生まれるのではないか、っていう気もしています。


大東 テクノロジーの話をもうすこし。今5Gが日本でも始まりかけていますが、アメリカでは5Gに対する危機感が叫ばれているじゃないですか。人体に悪い影響を与えるんじゃないかっていう。さっきもお話したように、僕は新しいテクノロジーへ立ち止まることなく突き進んでいくことに恐怖があるんですよね。当たり前に用意されていることも怖くなってくる、といいますか。


佐々木 僕のまわりのオーソリティによると、どうやらその危険はないみたいです。イギリスでも、「携帯の電波経由でコロナが伝染るらしい」っていう噂が広まって、基地局がいくつか壊されたりしたんですが、もちろんそれもデマでした。


大東 ああ、そういうところが発端だったんですね。


佐々木 大東さんがおっしゃられるように、テクノロジーの考え方はすごく難しい。ただですね、日本で「失われた30年」と言われている期間、それはそのまま日本が世界のテクノロジー事情についていけなくなった期間なんですよ。今や韓国に1人あたりのGDPを追い越されてしまった中で、これから国際競争力をあげていくためには、テクノロジーについていく必要があるのは間違いない。

事実として、テクノロジーが逆まわしになった歴史はないんです。

大東 テクノロジーはすべてを解決するツールになるのでしょうか?


佐々木 それは分かりません。イギリスで産業革命がおこらなければ、ヨーロッパが世界を支配することもなかっただろうし、その後アジアがあんなに悲惨な目にあることはなかった。これは確実です。最近『反穀物の人類史』(ジェームズ・C・スコット著/みすず書房)っていう本を読んだんですけど、そこには「なぜ国家が生まれたのか」の起源が書かれていて、まず農業が生まれる前の世界は豊かだったと。メソポタミアの河口付近や中国の黄河のような湿地帯、つまり植物や動物がよくいる場所に人が集まっていて、特に何にもしなくても適当に狩りをやりながら楽しく暮らしていた。でも、次にそこで農業が始まると、奴隷労働みたいなのが生まれてくる。健康面でいっても、農耕民族よりも狩猟民族の方が健全な体をしているんですよ。それなのになぜ農業をやらなければいけなくなったのか。


大東 面白いですね。


佐々木 『マッドマックス』っていう映画があるでしょう。あそこで暴れまわっている人たち、要はあれが国家の発祥なんです。それまで湿地帯で平和に暮らしてきた人たちが駆逐され、暴君らが世界を支配してしまって、今はその後のディストピアが展開されている。農業もテクノロジーの一つで、次は産業革命、3つめは情報革命だっていわれているんですが、どれも世界をハッピーにしたわけじゃない。でも事実として、テクノロジーが逆まわしになった歴史はないんです。機械うちこわし運動なんかもあったけれど、結局マシーンは残った。だからせめて情報をキャッチアップしてついていかないと、ただ飲み込まれて終わってしまうんです。

Mad Max: Fury Road | NetflixIn a post-apocalyptic wasteland, Max helps a rebellious womanwww.netflix.com


大東 そうすると、どこかでテクノロジーとうまく付き合えるきっかけが訪れるんでしょうか?


佐々木 突然ガラッと変わることはないでしょう。むしろガラッと変えようとするとたいてい悲劇的なことになる。産業革命を例にあげると、田舎から一気に労働者を集めてきた際に、労働環境や住環境がどんどん劣悪になって大変な状況に陥ったわけです。労働者は死んでいくし、工場も成立しなくなる。それを解決するために、集合住宅ができる。今度はそこでコレラが広まる。すると、感染経路の解明が進んでいく。環境が改善されて、生活に余裕ができてきて、次は政治に興味を持つようになる。それが普通選挙の発祥。


大東 徐々に徐々に。


佐々木 そう、人間はそうやってコツコツと社会課題を解決していったわけです。テラスハウスの事件にしても、それが起きたことでオーディエンスの意識が変わる、SNSに何かしらの法規制ができる、そうやって世の中は少しずつ良くなっていくんです。

世代交代が進んでいくと、インターネットは穏健化してく気もします。

HIKARI アメリカだと、「オバマの次はトランプ」という具合にいつも“どっちか”なんですよね。5分おきにあちこちでコンフリクトが巻き起こるから、SNSなんか観たくないですもん。


佐々木 アメリカと比べて日本社会の現状はとても把握しづらいんですよね。日本人はもともと日本の悪口が好きで、それが戦後エンターテインメントの一つになっていますし。とはいえ、僕はもうちょっと状況を冷静に観たほうがいいと思っています。日本も少し前に「2週間後はニューヨークと同じ状況だ」って言われていたけど、結局そうはならなくて、今や世界中からジャパンミラクルだと注目を浴びている。特にコロナで顕著になりましたが、冷静な認識や判断が欠けていて、右と左で両極端すぎますよね。これって単なる快楽ですよ。
 さっき話に出した田中辰雄さんは、「インターネットによって世論は分極化するか」という研究もされていて、アメリカでいうと特に高齢者が分極化していると。一方、今の若い人たちは「本当に正しい意見なんてどこにもない」と最初から分かっているんです。まあ色んな意見があるよね、が基本スタンス。現在50〜70代の人は新聞やテレビしか知らない世代なので、出てくる情報はだいたい正しいと思っていて、騙されやすい。だから、世代交代が進んでいくと、インターネットは穏健化してく気もします。


大東 その中で、日本のグランドビジョンについて、佐々木さんはどのように考えられていますか?


佐々木 これまで日本人が求めてきたコンテンツを紐解いていくと、70年代〜00年代までは社会が総中流で、音楽や小説に今よりもポピュラリティがあった。終身雇用の時代だったので働く人たちの身分も安定していて、逆に退屈な日常をどうやり過ごすかを考えなくちゃいけない状況。フジテレビのトレンディ・ドラマだって今観るとリアリティがないんですが、要はあれって退屈な時代のエンターテインメントなんですよ。そこから非正規が増えて給料が減って景気も悪くなって、みんな生きるだけで大変っていう時代になり、小説やドラマが流行らなくなって、今度は自己啓発本が一気に増えた。このまま会社勤めをしていても一生年収300万円に満たないことが分かった時点で、「このジャングルを抜け出すために一攫千金だ!」と。でも最近はそのマインドも変わってきて、就職氷河期世代が中年になってきたから、「今からホリエモンになれないよね」っていう諦めが出てきた。そもそも彼のような成功を収めるのは何万分の一の人だけ。だから誰も真面目に信じなくなってきたんです。一方、コロナで改めて注目されたのは、エッセンシャル・ワーカーですよね。ふだん社会のインフラをきちんと支えてくれている人たちが本当に大事だよね、っていうのが見えてきた。今まで自己啓発本を書いていた人たちは、どちらかというと現場労働の人たちをバカにしてきたじゃないですか。「あんな仕事をしたくないならおれについてこい」と言っていたわけで。

コロナをきっかけに、農村共同体とか会社とは違う、出入り自由な共同体の概念がよけい求められている。

大東 つい最近のことですが、本当にそうですよね。


佐々木 それと今は、しょせん一人で生き抜くのは無理だよな、っていうのも分かってきた。だから今度は「仲間と頑張ろう」というマインドに変える風潮が出てきました。


大東 その仲間の定義についてもうすこし教えていただけますか?


佐々木 かつては会社が共同体だったわけです。そこで恋人を見つけ、休日は同僚と遊びに行く。今は会社が共同体になりえないから、新しい共同体を求める向きが強くて、そのひとつにサロンみたいなのが流行っている。コロナをきっかけに、農村共同体とか会社とは違う、出入り自由な共同体の概念がよけい求められている。で、それこそが、日本社会が良い方向に進んでいくための重要な鍵になると思っています。


大東 たしかに、今の若い人たちは仲間っていう意識がすごく強い一方で、これが世代の問題かどうか分からないんですけど、今34の自分は「仲間にも属せない、おれはどこにおるんやろ」っていうのがあるんですよね。今お話を伺っていて、ああ〜おれはどうしよう、と考え込んでしまったんですが(笑)。かといって僕は、「一匹狼なんで」っていうタイプでもなくて、何となく仲の良い5人組の中でもおれと一対一になったらみんな黙っちゃうっていう、その空気って何なのかな〜って。なんか時代の間にいる感じがするんですけど。


佐々木 でもね、共同体といってもそこに埋没するのは辛いわけですよ。地方へ行くとやっぱり地元の伝統的な共同体が強いから、僕はできるだけ面で付き合わず線で付き合うようにしています。たまに来る良い人、という立ち位置でいるのがちょうどいい。つまり、どっぷり浸らなくてもそこにいられる安心感って大事です。さっきの大東さんの話でいうと、個人はあくまで独立していて、別にお互いがお互いを必要とする関係性さえあればいいんじゃないですか。


大東 なるほど、当たり前ですが、これは自分だけの問題じゃないんですね。


佐々木 マイケル・イグナティエフ(カナダの政治学者)の『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ』という本の中に、「人は共同体とか連帯感とか居場所みたいなものを固定的なイメージで考えがちだ」と書かれています。例えば東京だと、ずっと同じ場所で暮らし続けている人なんて少数派ですよね。そういう状況下で、居場所っていったい何なのかをもう一度考え直さなきゃいけない。


大東 仲間とか居場所っていうと、やっぱりすごく具体的なものをイメージしがちだと。


佐々木 そうです。エドワード・ホッパーっていう有名な画家がいますよね。


HIKARI 私も大好きです。


佐々木 マイケルいわく、彼の絵は孤独ではないと。その理由は、絵を見ている人の目があるから。つまり鑑賞者たちは都会の孤独な人たちを眺めて、そこはかとない連帯感を抱く。そういう連帯感ってすごく大事なんですよね。


大東 今日は数え切れないくらい色んな本を挙げていただいて、佐々木さんの知識量ってちょっとすごすぎるなと思ったんですが、そもそもご自身の興味の根源ってどこにあるんですか?


佐々木 単にこの世界がどう成り立っていて、その構造がどう変化していくのかを知りたい、という知的欲求です。特に今、近代が終わってインターネットが進化していく中で、世界のシステムそのものがすごいスピードで変化している。それを自分なりに納得できる形で理解したい、ということです。
大東 その興味関心は社会とどうつながっているんですか?


佐々木 あんまりつながっていないです(笑)。伝わる人に伝わればいいかな、それで自分のささやかな生活が成立すれば十分なので。


大東 今日、佐々木さんからほんのわずかなピースを見せていただいて、それが自分たちの新しい選択肢になっていく。本当のネットワークってこのことだよな、と改めて実感しました。


HIKARI 私も佐々木さんの本を改めてきちんと読み返した上で、ぜひもう一度じっくりお話させてください。実は今、全く異なるテーマの2つの映画を作っているところなのですが、ぜひアドバイスを伺いたいんです。


佐々木 はい、いつでもお声がけください。

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