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ChatGPTで転職市場はどう変わるか?

社会で働くのはRPGでキャラクターを育成するのに似ている。直接攻撃にパラメータを振るか、後衛向きのスキルを身につけるか? ね、ゲームっぽい。

スキル開発に関しては、本noteでは一貫して企業をまたいで活用できる汎用性の高いスキル開発の必要性について熱っぽく語ってきた。だけど最近になって、別の考え方もあるな……とふと思ったので、筆を執る。

というのも、これまで経験則で語ってきた話は、労働経済学の用語ですでに企業特殊的熟練/一般的熟練と名づけられて、議論のテーマとしてはよくある性質のものだったからだ。


企業特殊的熟練とは?

企業特殊的熟練とは、要はその企業のなかでしか使えない、環境固有のスキルのこと。特定業種でしか通用しない業界知識、社内手続きや社内政治力などがこれにあたる。

例えば、一流企業に勤めていたビジネスマンが、経営不振からリストラされたとしよう。肩書を失くして、転職で苦労する――なんて話は、実際によくある。

一流企業で働いていたような人なら、優秀であるに違いない。それでも、大企業出身の人材が転職市場で評価されにくいケースは少なくはない。それは、企業特殊的熟練にリソースを割いた働き方をしてきた場合だ。

わかりやすくいえば、社内政治でメシを食ってきた人間は、退職した時点でスキルも一緒に失われゼロになる、ということである。


一般的熟練とは?

一般的熟練とは、それとは真逆の性質のもの。どこの企業にでも持ち運びでき、その日から即戦力として使えるスキル。法知識/語学/デザイン/プログラム/動画編集といった専門技能がこれにあたるだろう。比較的、転職が容易なスキルセットといえる。


企業特殊的熟練と一般的熟練、大事なのは?

筆者はくり返し、他社に持ち運べる一般的熟練を伸ばす方向でリソースを割くべきだ、とくり返してきた。そうしなければ、会社という狭い水槽のなかでしか生きられない人材になってしまう。終身雇用制度が崩壊した現代、転職に役立たないスキル習得へリソースを割くのは、リスクヘッジの面で問題が大きいだろう。

転職に際して、一般的熟練の重要性は疑う余地もない。ふつうの会社員は社内政治に終始して、とかく一般的熟練を軽視しがちなので、転職の際に収入を落とすのが通例だ。ハローワークには、キャリアだけは積んでいるのにベンチャー企業しか受からない人たちであふれている。

ただ、時代の流れは恐ろしく速く、こうした常識も過去のものになるかもしれない。こうした企業特殊的熟練と一般的熟練の価値はあくまで相対的なもので、時勢や環境によってそのパワーバランスはシーソーのように逆転するのではないか――というのが、ぼくの新しい見解だ。

ChatGPTはクリエイターを駆逐するか?

2023年、ChatGPTが話題だ。対話型のAIで、Googleに代表される検索ツールに代わりうるとされている。戦々恐々としているのはGoogleだけではないだろう。クリエイターも同じ気持ちだ。というのも、この対話型AI、テキスト生成やプログラムのコーディングを、すでに人間の代わりに行えるというのである。

もちろん、ChatGPTを実際に触ってみた印象として、ライティングについてはほとんど話にならない水準ではある。試みに小説、詩、短歌を作らせてみたが、当然ながら、鑑賞に堪えうるレベルではない。事実ベースの記事を書かせてみても、内容はてんで出鱈目で、裏を取る手間のほうが大きいといえる。

※もちろん、それなりにちゃんとした日本語の文章になっているだけでも驚異的な技術で、エンジニアには最大限の敬意を払うべきだろう。人間でもまともな日本語を書けない人なんて、この世にたくさんいるのだから。ただ、事実としてトップクラスの人間のライターには勝てない、というだけのことだ。

一方で、世の中にある仕事というのは、高度な技術や才能を要しないものも少なくない。例えば、SEOライティングの分野では、すでにChatGPTを使って記事を生成するような動きも実際に出てきている。SEOライティングはGoogleでの検索順位を上位にすることだけが主目的で、人間が読むことをほとんど想定していない。こうした中身のない機械作業の場合、量産になれば人間ではAIに太刀打ちできないだろう。


ブルシットジョブの逆襲

ChatGPTが生成する文章は、人工無能のそれと大差がない。ただ、今後精度が上がれば、近い将来、クリエイターやエンジニアがAIに仕事を奪われる可能性も否定できない。

というのは、AIの提供元としては、どこの会社でも重用される汎用性の高い一般的熟練をAIに代替させたほうが、商業的に旨みがある。しかも、データがWeb上に蓄積されているぶん、成功もしやすいからだ。

そうなったら、今後の転職市場では一般的熟練よりもむしろ企業特殊的熟練に特化したビジネスマンのほうが価値を上げる可能性がある。普及に伴いAIの低価格化が進むのは間違いなく、となればクリエイティブなんかは瞬く間に機械化されてしまうだろう。だが、企業特殊的熟練は、AIで代替されない。例えば特定の上司に適切なおべっかをしゃべるAIなんて、開発したところでビジネスとして採算がとれないわけだから。

今後、クリエイティブやエンジニアリングのような汎用的な分野は、まちがいなくAIに取って代わられる。社内には、社内手続きや社内政治といった生産性のない仕事だけが残る。そこで活躍するのは、企業特殊的熟練にリソースを割いてきた、世渡り上手なビジネスマンたちだ。

ディストピアだが、それが資本主義の行き着く先というなら、仕方ない。

さあ、細い腕一本で日銭を稼ぐ親愛なるクリエイター諸氏。

Adobeを解約して、おとなしくテレアポの練習でもされますか? マニュアルを頭に叩き込んで、事務でもやりますか?

ぼくは最後まで戦うつもりだけど……どうします?

選択すべきときは、いまかもしれませんぜ。


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