桜木町が好きだった
満員電車に揺られながら京浜東北線に乗る。
東京を越えて神奈川に入り、横浜駅の綺麗なような汚いような不思議の景色を越えると、次は桜木町。
用もないのに降りて、東口へ向かうと、観覧車が見えてくる、その瞬間が好きだった。
東口からワールドポーターズに向かって歩いていく途中に、もう記憶は朧げだけれど、どこかに芝生があった気がする。そこに1人で座ってずっと観覧車を見ていた。
わたしは高校生からゆずが好きで、ゆずと同じ空気を吸いたい・ゆずが見た景色を見たいと思い上京した。
上京してからは、中でも「桜木町」という曲が好きで、桜木町で降りて観覧車を見るときは、必ず聴いていた。
ゆずの桜木町には、こんな歌詞がある。
大きな観覧車 「花火みたいだね」って笑った君の横顔 時間が止まって欲しかった
20代はじめのわたしは、どうしても同じシチュエーションでこのセリフを言いたかった。でも、この歌詞なしにこのセリフを言える、そんな素敵な感性はないから、当時付き合っていた人に「今から言っていい?!この歌詞!」と、桜木町で観覧車を見ながら言ったものだ。完全なる若気の至り。しかも別れの曲だからね、もうちょっと幸せな曲の一文でも引用すればよかったのではないか。まあ、後に別れたけれど。
桜木町(というかみなとみらい)はデートスポットというけれど、わたしは付き合っていた人がいてもいなくても、桜木町にはよく行っていた。電車でも行ったし、自転車で行ったこともある。たまにカップルの多さに気圧されることもあったけど、海がすくそばにあるのも好きだったし、夜の観覧車が好きだった。
当時はお金がなかったから、クイーンズタワーには滅多に行かなかった。あらゆるものが高く感じた。かわりにワールドポーターズで服を見て、地元と同じ店なのに服の種類が段違いで多いことに驚いたっけ。
でも、仕事で問題があって精神的に辛くなって、次第に休日に家から出なくなってしまった。
少々欲が混じった熱意を持って上京してきて、あんなに足繁く通ったのに、1人でも夜に観覧車をぼーっと見ていたのに、大好きだったのに、最後に見た桜木町は、わたしを羽田空港へ連れて行く電車の窓からだった。
地元へ帰ってから、度々出張で東京に行くことがあったので、その際はたまに桜木町に行っていた。でも、目当ては観覧車ではなく、一蘭のラーメン。
近頃はもう、出張も少なくなり何年も行っていない。行くとあの頃の辛さを思い出してしまう気がするのかもしれない、田舎っぺの自分と都会っ子を比べて落ち込むかもしれない、なんていろんなことを考えてしまう。
でも、もし今桜木町に行ったとして、わたしはもう観覧車を見てぼーっとすることはないと思う。
キラキラした都会に憧れていて、ゆずの聖地で生きることが目的だったあの頃のわたしは、桜木町が好きだった。