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環境次第、人次第。

人生のどん底を味わったから、もうこれ以上の苦しみは無いと思ってた。けど、全然ありました。ウケる。

働き始めた会社は激ブラックで、たった1ヶ月足らずで体調不良に加えて心臓あたりの痛苦しさを感じた。この症状、わたしが実家にいた時と同じもので笑ってしまった。どんなに苦しい経験を乗り越えても、やっぱり同じような環境になると普通に病みます。悲しいことにマジで耐性はつかないし、なんならトラウマ併発する。これは笑えない。

過去と違うところは
①苦しい環境は逃げ場のない家庭ではなくて、逃げることの出来る職場であること
②相談に乗ってくれたり、解決策を一緒に考えてくれる頼もしい大人が沢山いること
③限界サインがわかること
④どん底からの回復過程を知ってること
⑤安全基地があること
などなどなどなどエトセトラ。

ただ、苦しい環境にいると、その時の癖が出てしまうことも、今回初めてわかった。

悩みすぎる。深く考えすぎる。思い詰める。自分を悪い存在だと思う。全部自分が悪いせいで起こってると思ってしまう。すぐに泣いてしまう。敏感になる。精神的自傷が始まる。寝込む。お風呂に入れなくなる。変な節制を始める。

そして、前までは過食だったのに、今回は摂食みがあって怖くなってる。一度精神的+慣れないカフェイン摂取で吐き気が丸1日止まらなくて、ご飯が全然食べれなくなってしまった日があった。その日から、圧倒的に食欲や食事量が減ってしまった。悲しい。あんなにむくむくに太ってたのに、今は脂肪は残りつつも腹がぺったんこに、顔もやつれてしまった。悲しい。

ちなみにホーム画(?)の写真は細く歪む鏡の前でおちゃらけで撮ったものだから、あんなに病的に細くないから安心してね。足は太いよ。馬のように逞しいよ。

家に帰って食べれるのはおにぎりかパン、ジュース、時々肉団子。飲み物は水ばっか飲んでたはずなのに、カロリーが足りないのかパックジュースをちまちま飲んでる。愛飲してるのはアンパンマンのりんごジュース、これは引越し前から好き。サイズも味もちょうどいい。どうか全国の子どもとわたしのために生産を続けて欲しい。

さすがにこのまま行くと心身ともに病んでしまうので、転職を考えています。本当は、本当に本当は長く働きたかったし、長く働けそうな場所を選んだけれど、心身ともにやられたら回復に人生をかけなきゃいけなくなるので、辞めます。これも悲しい。

優しく優しく生きていきたい。本当はなんの愚痴も言いたくないし、誰にでも優しくありたいし、みんな優しい人であって欲しい。でもそんなこと難しいんだよね。優しい人の方が、人に対しての考え方や言動がまともな人の方が、少ないんだよね。悲しいけれど。

人権を無視するようなことを平気でして、それがおかしいと思えば「お前がおかしい」というような態度を取られて、口を塞がれるような、そんなことが本当にあるんだと驚いてしまった。今の、この時代に。うっすらとある封建的な思想が本当にダメで、やられてしまった。そんな酷い扱いをされる筋合いもない。

どんな人も大事にされて欲しいし、どんな人も大事にしたい。だからこそ、人を蔑ろにするような言動はいただけない。でも、「そんなもんか」と思う人が残っていって、その思想に染ってまた同じことが繰り返されていく。悲しいね。

わたしになにかできる訳でもないし、労働環境もどう足掻いても変わらないらしいし、どうせちっぽけな存在だからさ。それなら、安心して働けるところに行きたい。今年は「初めての」づくしだ。

これも経験か、と思って生きていくしかない。大好きな大人たちの言葉を胸に。

「これからの方が長いんだから。ダメだったら次行けばいいし、良かったらそこに入ればいい」
「自分に合うかどうかだからね」
「今回のこともこれからの人生の一部だと思えばいいんだよ」
「これからもっと幸せになるんだからね」
「誰とも比べなくていい」
「あなたのその感覚は大事にした方がいい」
「そうやって、愚痴で終わらずちゃんと上司に意見を言えることはすごいことだよ。滅多にできないことだよ」
「自分のことだけ、考えるんだよ。自分の幸せを考えるの」

色んなことを考えたり、自分を責めがちなわたしの心をフッと軽やかにしてくれる思いたち。ありがとう。

とりあえず、無期雇用派遣だけは勘弁して欲しいです、エージェントさん。ちゃんと長く働ける場所がいいんです。

みんなご自愛くださいね。自分を愛して、ありのままで生きていける、そんな自分でもいいやと思える環境で生きていこうね。自己否定は、何も生まない。こんな世の中、病むだけ損だよ。どうせなら、楽しく楽に生きていきたいね。

苦労はできる人だけしよう!わざわざ選ぶもんでも、買うもんでも無いよ!この環境は苦労するなって思ったら、それだけのやりがいや体力や精神力があるのか十分に検討した上で、全てが丸ならやったらいいし、ひとつでもバツがつくなら辞めた方がいい。

わたしはふたつバツがついたので、悲しいけど落ち着いて働ける場所を探します。やりがいだけじゃ、やりたいだけじゃ、生きてけないんだ。でもその気持ちを大事にしながらも、携わってく方法もあるからさ。今じゃなかっただけ。それでも、本当はずっとずっと続けたかったけどね。わたしに体力や精神力があるのなら、そのやりがいをパワーに変えて続けたかったよ。

大好きなのさ、人も、仕事も。だからこそ、理想も高くて、思いも強いんだよね。みんなが仲良く、安心して、健康で、人権が守られて暮らしていけばいいのに。ね。ラブリーに生きよ、だよ。ラブリーは素敵って意味もあるんだよ。

と、ここで「素敵ってなんで素に敵なんだ?」時になって調べてしまった。脳内がとっ散らかってるからだね。メンタル弱ってる時は特に注意散漫になりがちなんだよなあ。

ちなみに、ネグレクトされて育つとadhdみたいな症状がでることがあるらしく、心当たりがありすぎて泣けてきたことがある。注意を集めるために、色んなことに手を出して、あれやこれやと親の気を引こうとするんだって。

無事に外では抑制できてる(つもり)なので、診断されたことも何も無いです。基本ひとりの時に起こります。家の中にいるわたしを見てもらったら、全て中途半端に事が進んでいくのでモヤる人から見たらモヤると思う。でもいいんだい。

文章を書く時だけ、わたしはわたしになれる気がする。一方的に、好きなことを、好きなまま、脳内から垂れ流しにして。それが嬉しくて、病んでる時こそ筆が乗るから、結構好きだったりするんだ。

いつか、いつか優しくて、みんなを大事にできるおばあちゃんになりたいんだ。かわいくてやさしくて、のんびり畑仕事をしていて、好きなおやつを作ってお日様の当たるお部屋で過ごす、そんなおばあちゃんになりたいんだ。もうイメージだけはしっかりピカピカにできてるんだ。早く、おばあちゃんに会いたいな。

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