許そう。だが忘れない。

許そう。だが忘れない。第二次世界大戦で、過去の戦争の歴史についてシンガポールが日本に対して言った言葉だそうだ。

中学生の頃、テレビを見ているときに目に飛び込んできた。直感的に、大事な言葉な気がした。

自分は根に持つタイプだと思う。嫌な気持ちにされたほうが、それを忘れないから人間が小さいみたいな風潮は嫌いだ。

自分は小学生の頃いじめられた経験がある。何年もとかじゃなくて、多分あれは2ヶ月くらいで断続的に、いじめに一般的もクソもあってはいけないが、一般的なものより短かったと思う。それでも本当に辛かった。

先生たちにバレないように、遊びのなかに紛れ込ませた、巧妙で卑劣なものだった。
6人ほどの人間が円になって、かごめかごめを歌いながら、目を瞑って中心にいる僕の周りを回る。

「後ろの正面だ〜れ」と歌い終わると、自分はそのとき後ろに誰がいるのか当てさせられる。分かるわけがないし、当然外す。すると全員から、殴る蹴るの暴行を受ける。痛かった。遊びだと言う体裁を守るためなのか力は加減されていたが、状況が手伝って痛かった。

元々いじられるタイプだったが、加減がわからなくなったのだろうか。その時期みんなのストレスが溜まっていたのだろうか。

ずっと仲良くしていた友達にそれをされたのが余計辛かった。彼らは断続的に、力の弱い僕を、図書室に逃げ込んでも引きずり出して殴った。楽しそうだった。

小学校にしか自分の社会は無かったし、彼らのところにしか自分の居場所は無かった。そして、彼らと一緒にいて楽しかった思い出、優しかった思い出もまた、全部本物だった。だからどうしても恨めなくて、終わるのを待つしかなかった。

やがていじめは終わって、彼らの一部とは同じサッカーチームに入り、中学に上がると同じ部活に入った。沢山汗も涙も流した。いじめのことは無かったことになっている。

正直、いじめていた人間が何人いたのか、構成員もはっきり覚えていない。多分、とにかく早く終わって欲しいとしか思っていなくて、恨む気持ちを無理に消したから、脳が記憶しないように努めたのだろう。

許そう。だが忘れない。

いじめられた事は決して忘れない。彼らのことを擁護はしない。これを読んでいる人に、自分はこうだったからいじめられても許せなんて、毛頭思っていない。辛さも考え方も千種万様。

でも、少なくとも自分は、この言葉をテレビで聞いたおかげでいじめを過去に出来た。

その後の人生で、嫌な気持ちにさせられることがあっても、この言葉が頭の隅から出てきて、忘れてやらないけど許してやろう。と思えるようになった。許すというより、放っておいてやろう、に近いのかもしれない。

自分だって全く出来た人間ではないし。

(追記)
霜降り明星のせいやさんがいじめられていた話を聞いたとき、図書館に逃げていたという内容があって、「あるある!」と思った。「あるある!」やったらあかんねん

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