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5分でわかる身近な特殊なアルファベット

医学分野において、徴候とか病名とか症候群とかに人名はつきがちである。
これはフランス語圏・ドイツ語圏・英語圏など様々な言語圏の人名からとられる。

ここで困ったことにラテン文字というのは使用されまくっているため、各言語において読まれ方がだいぶ異なっている。

日本はラテン文字圏ではないため、輸入元の言語の読み方が踏襲しているケースが多い。
原語の発音にできるだけ沿うのは良いことだと思う。原語を軽視していると「日本人はアイケアのことをイケアと発音していておかしい」とかいう恥ずかしいアメリカかぶれになってしまう。
だが一方で各言語がよくわかっていないと、それこそ漢字にフリガナを振るように、スペルと読み方を丸暗記することになる。
ここで起こる悲劇が、人名の誤りである。

英語以外の言語では、往々にして文字の上によくわからない記号がついたり、文字の下によくわからない記号がついたりする。
これらはもちろん飾りではなく、発音を示すための記号なのだが、よくわかっていないとまあいいやとなりがちだ。
ただまあいいやと省略すると元々の音と全く異なったものとなる。

注意したいのは、ここでいう音が異なるというのは、「英語のRって日本語のラ行と全然違うし、カタカナって全然発音を反映していないよねー」みたいなことではなく、「カタカナに転写したときのレベルで全然違う」ということである。

なんでこんな人によっては心底どうでもいいことがこれほど気になるかというと、自分の名前が漢字に変換しづらいパターンの組み合わせだったため、人生で数百回間違えられてきたからかもしれない。
個人的な執着の理由はさておき、なんとか徴候とかなんとか病に名前がついている人は、当たり前だが「偉い」わけで、名前を軽んじるのは適切ではないと思う。

文字の飾りの意味がわかると、誤りは圧倒的に減るので、ぜひ知ってもらえると嬉しい。


*ダイアクリティカルマーク付きのラテン文字を特殊なアルファベットと表現しています

まずはアクサン (È É Ê)

èとかéとかêとかは誰もが一度は見たことがあると思う。

基本的にこれらの記号が登場するのは、フランス語圏の人名が多い。
アクサン記号(英語でいうアクセント)と呼ばれるこれらは、飾りのない単体のEとは音が違うので注意が必要である。

フランス語で、開音節のe (語末のeとか)を/エ/と読むことはない。
逆にeの上になんかついていれば、それは/エ/と読む。(本当は2種類ある)

このルールさえ知っていれば、大抵のミスは減ると思う。
例えばBarréはéだから、エとよめるわけである。
これがBarreだと最後のeは読まないので、バル/バールみたいになる
(*ルというカナ転写は妥当だが、日本語のルの音では全くない)

Ménièreのようにアクサン記号が2種類あっても大丈夫。
とにかくeに何か載っていればエと読もう。

さらに余裕があればおすすめなのはéとèの違いを覚えることである。
éはアクサン・テギュ (accent aigu)と言われる。このエギュという部分は、英語のacuteと同語源で、「鋭い」みたいな意味を持つ。
èの方は、アクサン・グラーブ (accent grave)と呼ばれる。graveはgravityからもわかるように「重い」という意味だ。

この鋭い・重いと対応するように、
éは口の開きが狭く、éは広い。

éは[e]に, èは[ɛ]に対応
引用元: https://www.coelang.tufs.ac.jp/ipa/vowel.php

この音のイメージがあると、混乱は比較的避けられる。

また単純なルールとして、フランス語で語末のeになんか飾りがついてた記憶があれば、それはéと考えていい。
caféとかrésuméとかfiancéみたいな英語に輸入された単語を考えるとわかりやすいと思う。
そもそも英語に輸入されているフランス語でeに何かついているときはほぼほぼéで、èはcrècheくらいしか思いつかない。
pokémonのように、「英語として読むと語末のeが読めないけど、もともとの言語だと読んでるからエに近く読むようにしたいなあ」のときもéがつかわれる。


よくよく目にするウムラウト(Ä Ö Ü)

最初に言っておくと、文字の上にこの記号がついていたらどの言語でもウムラウトというわけではない。
例えば naïve の ïはウムラウトでもなんでもない。これはフランス語だと普通"ai"は/エ/と読まれるので、「/エ/じゃなくて/アイ/と分けて読めよ」という意味である(トレマという)

ただ我々が日常で目にするこの点々はほぼウムラウト記号だ。
そしてそのほとんどはドイツ語である。

ドイツ語におけるウムラウトは母音の前舌化を意味する。
eのように前の方で調音する母音とくっついたときは、aとかoも前の方で発音するというのがウムラウトで、この点々は元々はeの筆記体と言われる。
具体的にはa, o, uみたいに口の後ろで調音していた母音を前で調音するということだ。

下の図でいうと
AがÄになるとぐーっと前にずれて/ɛ/になり、
OがÖになると /ø/になり、
UがÜになると、/y/になる。

https://www.coelang.tufs.ac.jp/ipa/vowel.php


そのためöやäは、一般的に/エ/と転写される。

TrömnerをTromnerと表記することは、トレムナーをトロムナーと書くくらい名前を間違えていることになる。
先述の通り、ウムラウトは元々eに由来するため、öと書く代わりにoeと書くことが可能である。öと書くのが面倒なときの手段としてぜひ覚えてほしい。

一応最後にセディーユ (Ç)

これは比較的目にする機会が少ない。
ただ医学会にはBehçetというビッグネームがいるので、押さえておく。

ややこしいのでここではフランス語とトルコ語にしか触れない。
この2つの言語でもこの文字の読み方は異なるので注意が必要である。
(一応書いておくと、スペルから分かる通り、Behçetはフランス人ではなくオスマン帝国の生まれである)

フランス語は英語同様に、Cというアルファベットは、IとEの前だけ/s/という音になりほかは/k/という音になる。
ここでcにセディーユをつけるとçは常にで読むことができる。
例えばcelaが短縮してできたçaは/カ/ではなく/サ/である。

Cセディーユは、トルコ語においては全く違う意味となる。
まず大前提としてCの読み方は言語でバラバラだ。"ca"はカになったりツァになったりチャになったりする。
詳しい歴史的経緯は知らないがトルコ語ではCは[dʒ](ヂャの子音)を表す。
ではそのペアの[tʃ]はどう表すかと言うと、ここで登場するのがçである。

つまりBehçet病が「Behcet病」とカルテに書かれていた場合は「いやそれじゃベーチェットじゃなくてベーヂェットだよ笑」という指摘が可能だが、さすがに口に出したことはない。

立ちはだかる特殊文字の使用制限

これらのように各文字の「飾り」には意味があり、発音を規定する大切な記号だ。

ただ残念ながら某最大手の電子カルテでは、これらの文字はすべて入力することができない。
自分たちにできるのは、ラテン文字の使用を諦めてカタカナに逃げるか、せいぜいウムラウトをeで表記するくらいのものだろう。

一応公的文書たる電子カルテにおいては、人名くらいはちゃんと書きたいところだが、現実はなかなか厳しい。

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