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或る夜の出来事

もし、この人と出会うタイミングが今じゃなかったら。
もし、あの時出会っていなかったら。
数え出すとキリがない「もしも」。

「実は僕、結婚して子供もいるんだけれど…」と食事をした男性に二軒目に入ったバーで言われたことがある。私は動揺を隠しながら、オレンジと黄色のグラデーションの上に傘の飾りと濃いピンクの花が乗った能天気なカクテルに口をつけた。

「デート」だと思ってデコルテが綺麗に見える洋服を選んで、ピンヒールを履いてノコノコやってきた自分が突然恥ずかしくなる。
彼の話はとても楽しいし、いい具合にネジが外れている大人でとても好み。
確かに「デートしましょう」とはっきり言われたわけではない。でも大人になってからの「食事しましょう」はそういうことではないの?左手の薬指に指輪もしていなかったじゃない!と混乱。

彼が次に口にしたのは、「紹介したい人がいたんだ。だけど今日一緒にいて好きになってしまった。だから自分のものにしたい」とのこと。
私もあなたのものになってもいいと思っていましたよ。さっきまでは。

お互いがよければ、世間一般で言う「不倫」という形で一旦落ち着いたのかもしれない。だけど私は不倫ができない。
なぜなら、見たこともない彼の奥さんの子供の顔が浮かんでしまうから。
なんというか、自分がされて嫌なことは人にできない。でも一番は、「巻き込まれたくない」というのが本音。

彼の強烈な魅力が私の視力を奪って周りを見えなくさせたなら、手探りでずぶずぶと新しい世界にハマったのかもしれないけれどそんなことはなかった。私の視力は彼には奪えなかったらしい。

バーを出ると彼はゲームをしようと言った。
この通りを真っ直ぐ行って左に曲がった突き当たりにラブホテルがある。そこで空室があれば入る、なければ帰る、というもの。
妻子持ちがそんなこと言うんじゃありませんと笑ってお断りをしたけれど、本当は少し怖かったのかもしれない。もし、空室があったら彼から離れられなくなっていたと思う。けれど、彼は奥さんと子供から離れてくれなかったと思う。そんな状態になってしまったら、私はきっと耐えられない。

けれど、時々思う。あの時左に曲がっていたら。そして空室があったら。
彼と別のタイミングで出会っていたら。私たちの運命は少しだけ重なって、離れた。
人は常にベストなタイミングでベストな人と出会えるわけではない。
ベストな人と最悪の状態になるより、ベターな人とベターな状態を保ったほうが幸せなのか。

きっとどちらの状況になっても囚われるのは「あの時もし、こうしていたら…」という呪い。

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