猫日和 5 台風11号猫〈1〉
1993年8月27日、台風11号が接近していた。
昼間、買い物に出かけた時に、角の電柱のあたりで若い女の子たちが白い犬を相手にしているのを見た。迷い犬だろうか。特に見るわけでもなく、素通りして、家に戻り、しばらくすると、あの犬が来て、玄関の前に座っているのが、二階の窓から見えた。
渋谷の銅像ハチ公の座り方に似た、いかにも、
頼もう〜、一晩の宿を、頼もう~、
と声が聞こえてきそうな正座であった。
だが、うちにはすでに何匹か猫がいて、私の部屋は二階。庭はなく、犬は入れられない。
台風の接近に伴い、あたりは恐ろしささえ感じさせる不穏な様子になってきた。危険が近づくと少しばかりはし気持ちがワクワク高揚もするが、その話は今はしない。空は暗くなり、雲の流れる速度もどんどん早くなる。気になって、何度か、階段上の小窓から玄関前を見たけれど、犬は微動だにせず、座り続けている。
3時間ほど経過しただろうか。
ついに雨が落ちてきた。
ポツ、ポツ、、、ポツポツ、ポツポツ、、、1秒ごとに打ち付ける雨の粒が増え、雨音も増した。玄関前が水浸しになるのは、時間の問題だ。
犬、どうしただろうか?
覗いて見ると、まだ正座していた。
ザーーーーザザザザーーーという激しい雨音が、切って落とされたかのようにして、いよいよ本格的に降り出したのが聞こえ、仕方ない、と私は決断した。
階下に降りて行き、玄関を開け、犬を抱き上げた。
と思ったら、それは意外にも大きな猫だった。
玄関に入ると、運悪く上がり框に義母がいて、
「康子さん、また猫なの? 」
とうわずった声をあげた。
「前のを捨ててからにしてちょうだい。」
「でも、、、」と言って、抱えた猫をかばうようにして階段を駆け上った。
今日だけは置いてやろう。
白いけれど、汚れに汚れ、毛玉の団子もある。体重は7キロほど。
階段を上った先が風呂場になっていた。まずこの泥を落とさなくては床に置けない。シャンプーして、シーツで拭き、ドライヤーで濡れた毛を乾燥させると、ふわーーーっと膨らんで、美しい、立派な猫になった。ペルシャ? もしかしたらメインクーン。でなければノルウェージャンフォレストキャット。でなければ、それらのミックス。歳は若くない。犬歯が切ってあったので飼い猫であったことは確かだった。
後々、ビラを作って、迷い猫を保護している、と張り出したり、保健所に問い合わせが来ていないか尋ねたり、元の飼い主を探したが、見つからなかった。おそらく、脱走してきたのではなく、引っ越しか何かで、家具同様捨てられたのだろう。
猫は風呂場で洗われてもされるがままになっていた。長い放浪の末疲れ切っていたのかもしれない。足裏の肉球は、放浪を物語るようにガチガチに固くなってひび割れていた。
その時うちには既に6匹猫がいて、迷い猫をいきなり前からいる猫の中に入れるのは、危険と思い、天井裏のロフトに連れて行った。
外は黒雲が次から次へと空を走り、轟々と風が渦巻き、雨は屋根を激しく叩き、台風は家そのものを破壊しようか、という勢いであった。
余談だが、私が猫を飼うことをずっと嫌がっていた義母が、この美しい白い猫を見て、思わず、
私のペルちゃん
と言ってしまい、暗黙のうちに、飼うことを許可せざるを得なくなったことを、付け加えておく。
《続く》
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