雑記 3 「拝啓、オヤジ殿」
東海道新幹線のグリーン車に乗ると、椅子の前のポケットに『Wedge』という雑誌が入っている。JR東海を利用する客は、ポイントがたまると普通車の料金でグリーン車に乗れる特典があり、時々私はその恩恵に浴する。
この雑誌の中の連載に「拝啓、オヤジ殿」という息子・娘からオヤジに向けての手紙が載っているページがある。
親と子の関係は、幸せの原点、であると同時に、永遠の迷路、挫折の源、と編者(相米周二)は言う。
何年か前の7月の記事は、
友人の借金の連帯保証人になったが、友人が雲隠れしてしまったために、退職金を前借りして800万円払ったお父ちゃんの話。
田舎の会社なので、会社から借金をすることによって、
賭け事ですった、
女に手を出した、
など、悪い噂が絶えなくなり、ひどいことを言われたお父ちゃんが激高して上司を殴ってしまって、会社を辞めざるを得なくなった。
娘とふたり、同級生を頼って、東京に出て来た。
同級生は有名レストランのシェフをしていたが、脳梗塞で動けなくなっていた。
そこで二人は、友人のシェフから料理の作り方を教わることに。毎晩それぞれの生活の為の仕事から帰るとシェフの指示のもと料理の腕を磨き、幻の味と言われた一品を復活させることに成功した。
これから店を開いて、前を向いて生きていこう、というような話だった。
この「拝啓、オヤジ殿」は決して順風満帆な人生を歩んでいるのではないお父ちゃん達に、娘や息子が「頑張ってや」とエールを送る。親を思い慕う心が切なくて、愛情のあたたかさを改めて感じるような話が多い。
🚗
その、「拝啓、オヤジ殿」の中に、
これもまた、何年も前の話で、細かいところは覚えていないのだが、あまりにも印象深かったので、今も時々思い出す話がある。
無事定年を迎え、お父ちゃんは言った。
「さあ、これからがワシの第二の人生の始まりだ、妻にかしずかれて充実の人生の再スタートだ」と。
するとお母ちゃんが即座に噴火した。
「なに〜〜、ワシの? 第二の人生の、始まり? アホさらせ! これからはわしの人生じゃ」と。
お父ちゃんは激怒して
「誰のおかげで今まで生活できたと思っとるんじゃ」と言い返した。
負けずにお母ちゃんは
「誰のおかげで会社勤めが無事出来たんじゃ」
と言い返し、
「わしのホントの人生が始まるんじゃ。これから一人でフランスに行くんじゃ」と。
「ああ、ああ、子育て忙しかったし、やりくりも大変だったし、あんたの親の介護に至って、なんでわしだけ? おむつ替えて、世話して、どんだけ苦労したことか。葬式の時はホンマうれし涙出たわ」。(注: 本当にそう書いてあった。念のため)
お母ちゃんはお父ちゃんと結婚する時、フランス留学が決まっていたそうだ。それを諦めてお父ちゃんと結婚した。
このどあほ、
アホはそっちじゃ、
と大変な喧嘩が巻き起こり、双方はののしり合いを緩めることなく3か月。
ついにお父ちゃんが負けて折れ、お母ちゃんは、関空からニコニコとエアフランスに乗って旅立って行った。
あんたの食事を作るために家に居るんでないで、とお母ちゃんに言われたことを思ってか、お父ちゃんは料理教室に入り、洗濯の畳方、掃除の仕方、男の家事という講座にも通い出した。
ワシだって料理や家事ぐらい出来るところ見せたるわ。
娘は、
日本人はあっちに行くと若く見られるから心配だろう、今頃フランス男に口説かれているぞ、と言って脅してみた。
お母ちゃんはね、きっと、パリでフランス流の生活に慣れて、2年経って帰って来た時には、洗練された服を着て、
「男が料理する、これが、おフランス流なんよ」
「男は女のしもべ」
と涼しい顔で言うだろう。頑張ってや、お父ちゃん!
というものだった。
このお父ちゃん、今どうしているかな、と時々思うのだ。
そして、お母ちゃん、よかったね、と。
私の夢と重なる。
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