雑記 1 Sちゃんのヴァイオリン
おい、二階から変な音がしとるぞ。誰がハモニカ吹いとるんか。
とベッドで父。晩年は、眠ることも趣味の一つで、食ってない時は寝とるに決まっとるがや方式で、いつもベッドの上にいた。
ああ、あれは、Sちゃんが弾くヴァイオリンの音よ。
ブーコブーコ聞こえるが、あれがブァイオリンか?
そうよ。
そう言えば、昔彼女が大学生の時も、定期演奏会の練習と言って、二階の自分の部屋で弾いていたことがある。
お姉ちゃん、聴いてね、
というから、
いいわよ、
と。しばらく弦の音の高さを確かめるような感じがしていて、
もう、弾いていいわよ、私は準備出来てるから
と言ったら、
え〜〜、さっきから弾いてるじゃん、
と。
ごめん、だって、旋律に聴こえなかったんだもん
と謝ると、
だって、第二ヴァイオリンだから、
とのことだった。
あれから、20年。
心臓病を持つ高齢の父が、大好きなベッドにいる時間が圧倒的に多くなった頃、
彼女は一念発起して、ヴァイオリン教室に通い出した。
今年のクリスマスまでに、アヴェ・マリアが弾けるようになりたいと言う。
それは、いいことだね。
それから、夏が来て、
どのくらい上達したのかしら?
と私がふと漏らしたら、父が
アベサダくらいは行っとるんじゃないか、
と。
妹よ、許したまへ。