雑記 113 夢の話 絵画の中へ フィレンツェ マルテッリ通り
フィレンツェ マルテッリ通り Via de' Martelli。
マルテッリ通りとは、フィレンツェのドゥオモから北側のサン・マルコ広場まで続く通りである。
一枚の絵が、机の前の壁に掛けてある。
絵というより、イラストレーションと言うべきかも知れない。
眠る前に、私は机の前に座り、絵を眺める。
毎晩のように、額縁を透明人間のように通り過ぎ、この絵の街に入って行く。
想像だけならは、どんな遠くにまでもひとっ飛び。どこでもドアのようなもの。
絵に入る。
通りを歩いて行く。
石畳にコツコツと靴音が反射する。
通行人もまばら。灯りはついているが、店仕舞いしてシャッターを下ろした店もある。
空は、昼間の青を残していて、なかなか闇にはならない。
ああ、空は、もう少し濃い青になって、星が瞬いたらよいのに。
ところどころの飲み屋から、酒の匂いと人の笑い声が漏れてくる。
私は、道の両側の建物を見ながら、それらに心を寄せ、気持ちを満たされながら、歩く。
今日も忙しかったなぁ。
やがて、
机から離れ、無事に1日が終われたことを感謝し、明日目覚めることが出来るよう祈って、布団に入り、目を閉じる。
眠りに落ちて、見知らぬ国の街の夢を見ることがある。
列車に乗ると、すぐに両側に広大な海が広がり、深い海の色を見ながら、走り抜けて行く。
広々と海の水が地平線を作っている。
空と海が接したところが、線になっている。
どちらが空でどちらが海か。
周り360度は青い海。
海は美しい青だが、波には粘り気のある輝きがあって、魔王が手をこまねいて、海の中においで、と言っているよう。
列車はまっしぐらに進み、風が吹けば車両はバランスを失い、海に落ちる気がする。
線路の他はただただ海で、拠り所がない。
それだけの光景。
目覚めて、ああ、夢でよかった、海に落ちずよかった、と胸を撫で下ろす。
海の上の線路。
こんな場所どこかにあるのだろうか。
夢の中の海の広がりの壮大さは尋常ではない。
ある時、TVで、オリエント急行に乗る旅番組があり、ヴェネチアを発車した車両が海の上に滑り込んで行った。
すると眼下に広がるのは、夢に見た、あの場所。
思わず、身を乗り出した。
ああ。
勘違いではなく、私は確かにそこを知っている。
私はフィレンツェに向かっている。
海の上を列車が滑って行く。
フィレンツェの街が、全く知らない街でないような気がするのは、私の中の昔の私が、それを覚えているからではないかと思ったりする。