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旅記 3 ローマ発フランクフルト行き

イタリアで海外公演があり、その帰りの出来事。
皆は、公演が終わった後、それぞれにフィレンツェやヴェネチアなど、オプショナルツアーを申し込み、散り散りになった。私達は、急いで日本に帰らねばならなかったので、ローマで別れた。

ローマ発、フランクフルト行き。
ルフトハンザ0233便。

チェックインカウンターで、並んでいたら、何やら普通でない気配を感じた。
中国人の団体客がどっと押しかけてきて、口々に声を出し、辺りの空気が急に温度を上げたような騒がしさになった。

もしかしてこの人達と同じ飛行機?
そうに違いない。
ぐちゃぐちゃと固まった集団の列の先まで目を走らせる。
が、日本人がいない。。。
この不安は的中。
0233便には日本人は我々だけだった。

しかも、席は前後列、彼らだったし、隣の席も中国人だった。すっかり囲まれてしまった。

離陸しても、立ち上がって2列も3列も後ろの人に大声で遠慮なしの口調で話しかけ、私にも当然のように話しかけてきた。

何を言われているか分からなくて戸惑っていると、左の手のひらに、右の人差し指で漢字の十のような文字を二度書き、強い目の力を添えて、分かるわね?と言うように、私の顔を覗き込んだ。

オー、アイム ソーリー。
I can't understand Chinese.
Do you speak English? シェシェ。

何が謝謝だか、分からないけど、そんな風に言って顔を見ると、今度は、あちらが私の言ったことを全く理解出来ていないようで、存在感を消すように息を潜めて知らんぷりをした。

これでは埒があかない。

それ以降は隣の人とは、得体の知れないニヤニヤ笑いの応酬のみ。

しかし、ルフトハンザの乗務員には、40数人の中国人の中に混じった2人の日本人の区別はついただろうか? 

無理だよな、と思いながら、昼食用のサンドイッチが配られ、飲み物が配られ、その度に乗務員との間に交わされるぶっきら棒な物言いや、斜め前から飛んでくる注文や、後ろから声高に話される2列前の人との会話とか、騒がしさの中に、今度はこちらが存在感を消して埋没した。

英語を解さない人もいるのだ、という驚きも。

皆、お金は持っている人のようだった。買い物もたくさん。沢山の袋を抱えていたし、着ているものは、ほとんどの人がブランド品だった。

バーバリのポロシャツにグッチのベルト。シャネルの上着にヴィトンのバック。
だが、仕上げが、どういう考えなのか、ボンボンの付いたニット帽子。シャネルの服の人は鍔のせり出した野球帽。
GUCCIのベルトの人の足元は、NIKE。
ニューバランス、adidasもある。

ローマで購買欲を満たしてご満悦の帰国、と言った様子だったが、こういう経験は初めてだった。

「本日はご搭乗誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」とドイツ語と英語でアナウンスがあり、通路でも、搭乗口でも、乗務員がにこやかに、thank youと声をかけてくれた。
その中を彼らは貝のように口を閉ざし、ただの一人もthank youと返すこともなく、飛行機を出た。

  ロビーに出て、集まると、またドーっと会話が弾み始めた。 言葉が分からないと、人はこんな風に、無意識のうちに、
自分は存在しないことにしよう、
とする。

私も、ローマで、訳の分からないペラペラ早口のイタリア語の中で、そうであったかもしれない。



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