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雑記 274 冬の陽

バージニア•リー•バートン作『ちいさいおうち』の話。
ちいさいおうちは、日当たりの良いこんもりした丘の上に建っていた。丘の上で、おうちは、日が昇り,沈むのを見る。
月が満ちて欠けるのを見る。
四季は豊かで、子供たちは、林檎の木でブランコをし、庭の池で泳ぎ、林檎を収穫すると、冬には凍った池でスケートをした。

遠くに都会の明かりが見え、都会に住むってどんな気持ちがするのだろう、とちいさいおうちは思う。

いつしか家の前は馬車でなく、1日中車の行き交う道路になった。周りには高い建物が建ち、陽の光も月や星の光も届かなくなってしまった。

お話の最後で、おうちは四季の感じられる昔の環境に家ごとそっくり引っ越すことになり、また、四季の移り変わりのある、太陽や月や星やが見える生活に戻る。
もう都会はこりごりだとちいさいおうちは思う。

そんな話だ。

けれど、環七に背を向けた我が家はそうはいかない。
20年ほど前までは、我が家にも太陽の光は燦々と降り注ぎ、東の窓からは、朝日が入って家の奥を照らし、太陽には恵まれていた。
ベランダは絶好の布団干しの場で、毎日、陽の光を浴びて倍近く膨らんだ布団に眠るのが普通だった。

ところが、
いつしか東側には9階建のマンションが建って、朝日を遮断した。
南側には接近して2階建の家が建ち、陽の光は1日のうち限られた時間帯にしか届かなくなった。

だから、布団を干す、と言っても、太陽の恩恵を受けられる時間はごく限られている。
つまりこれが、都会に住む、ということなのだろう。
いくらかの便利と引き換えに自然を差し出す。

太陽の光を浴びて、ふかふかに膨らんだ布団は良い匂いがした。取り入れた布団に、子供たちや猫が飛び乗って、笑顔ではしゃぎ、寒い夜も陽の匂いのする布団で眠ることは、幸せとしか言いようがなかった。
幸せな思い出の中でも、一二を争う、天の恵みだった。

今は、太陽の光を頂いても、昔のような贅沢な布団に眠る生活は出来ない。
だが、僅かでも、太陽は、確かにパワーを与えてくれるので、天気予報を見て、晴れのマークが続く時には、出かけない時には布団を干している。

よく、中央本線に乗って、甲府方面に向かう時、沿線に何の遮る建物もなく、太陽の光を200%も浴びている家々を見る。
洗濯物も布団も、干し放題。
こんなところに住めたら、毎日どんなに幸せな時間が持てるだろう、と思うのだ。




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