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猫日和 404 台風11号猫「イワン」
台風が近づいている、という話が、何日も前から繰り返されているが、東京にはなかなかやって来ない。
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やって来たら、書こうと思っていたのだが、このまま温帯低気圧になってしまうのだろうか。風雨の被害は台風が居座っている地方では大きいようだ。
我が家には「台風11号猫」という名で呼ばれる猫がいた。それは四半世紀も前の夏の終わりの台風11号の時、どさくさ紛れにやって来て、以後、居着いてしまい、そして、うちを思いっきり明るくしてくれて、10年ほど居て、我が家で寿命を終えた猫のことである。
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彼がどこから来たか、それまでどんな生活をしていたか、私は知らない。でも、私の家の猫になると決めて、台風が近づく中、玄関に正座し続けたその姿は忘れられない。
猫だって本気になれば、正座し続けられるのだ。
繰り返しになるが、その話を、してみようと思う。
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以下は、私の創作で、猫本人から聞いたわけではない。でも、彼に成り代わり、この家を選んだ話をしてみようと思う。
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イワン、談。
ということで。
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飼い主が莫大な借金を抱えてしまい、返済の目処が立たず、世にはよくあることだが、夜逃げ同然で引越した。
その時、私は10歳になっていた。
「すまないね、ひとりで生きていってくれ」
飼い主は飼い猫に心を残しながらも、去った。猫を連れて行く余裕はなかった。私は誰もいなくなってしまった理由が分からず、何度も灯りのついていない家に戻ったが、飼い主は戻って来なかった。
食べ物もなく腹を空かして公園に行くと、近隣の住人に批判されつつも野良猫に餌をくれている親切な猫好きがいて、その日暮らしは何とか続けられた。
その後、飼われていた家に帰ってみたが、もう家は他の人が住んでいて、追い払われた。
なぜ帰って来ないのだろう?
どこに行ってしまったのだろう?
つまり、私は本当に捨てられちゃったわけだね。
雨風をしのげる場所は公園のベンチ。
しばらくホームレス猫として暮らし、顔馴染みになった猫好きのおばさんもいたが、家にいらっしゃい、とは言ってくれなかった。
そして、ある時、その公園に、流れ者の猫がやって来て、私の場所を我がものにしようとした。
私はここが今の自分のテリトリーだ、ということで闘ったが、相手は喧嘩慣れしていて、勝ち目はなく、住む場所は移らざるを得なかった。
また、ある時、今度は野良犬が来て、喧嘩になった。追われて、逃げて、走りに走って、走り抜けたら見知った町を離れ、よその町に来てしまっていた。
気がつけば知らない街並み。どちらに歩いても、どこに何があるか分からない。公園もない。
私は寂しさに襲われ、鳴いた。
大きくて目立つせいか、
どうしたの?迷子?
と声をかけてくれる女の子や学生がいて、コンビニで猫缶を買って、食べなさい、と言ってくれた。
だから、幸いなことに、飢え死にするほど飲まず食わずという経験はない。
それから、昔住んでいた町に帰ろうとどのくらい彷徨い歩いただろう。方角も分からない。匂いもない。
夏の暑さでアスファルトを歩くと肉球が痛かった。
その夏のある日、陽が翳ると、空気に南風に乗って運ばれた太平洋の海の匂いが混じっていた。
雲行きも怪しくなって来ていた。
どうやら台風が近づいて来ているらしい。
そうこうしているうちに、天候はどんどん下り坂になってきていた。どこか雨風を凌ぐ場所を、見つけなければ。
その時遠くの方から懐かしい家の匂いが漂ってきた。近寄ってみると、建てられてから相当な年月が経っているだろう古ぼけた家があって、その懐かしくも切ない匂いは、昔々自分がまだ仔猫だった頃、先の飼い主にもらわれる前にいた家の匂いに似ていた。
小さい猫の笑い声や走り回る足音が聞こえる。
ここがいい、ここにしよう、もう放浪はやめた。
だが、どうやって家に入ったらいいのだろう。玄関の扉は締まったままだし、人の出入りはなさそうである。時々、二階の屋上に通じる外階段の脇の小窓か開くが、見上げると同時に窓は閉まる。
1日の大半寝て暮らす猫にとって、猫時間の3時間というのは、とても長い。
でも、座り続けた。
放浪は終わりだ。
この家で暮らしたい。
雨が急に大粒になって、空から落ちる速度が上がり、道に叩きつけるように降り出した。
いよいよ東京に大型の台風が接近して、どこの家でもテレビの台風情報をつけ、災害に備える準備をしていた。雨は地面に叩きつけられた後、埃の匂いをさせて跳ね返り、これは普通の台風ではない。
、、、と、玄関の扉が開いて、女の人が現れ、私を掬い上げるように抱き上げた。
扉を閉めると、上がり框にもう一人年嵩の女の人がいて、
「あら、また猫なの? 前のを捨ててからにしてちょうだい」
と腰に手を当て、貧乏ゆすりをするよう足を動かして言った。
「台風なので、少しの間だけ」
と私を抱き上げた女の人は言い、立ちはだかる女の人をかわして、
私はそのまま抱えられて階段を上がった。
やれやれと思った先が風呂場で、少々手荒く身体を洗われたが、ゴシゴシ拭かれて、部屋の中に連れて行かれた。元からいた何匹かの猫が近寄ってきて、興味深そうに、私の匂いを嗅ぎ、顔を覗き込んだ。
が、長い放浪の疲れが出て、抗うことの出来ない眠気に襲われて、眠りに落ちた。ついに、終の住処が見つかった、という安堵に包まれていた。
窓の外は激しい雨で、風は窓ガラスを揺らし、隙間から吹き込む風は笛のような音を立てていたが、部屋は静かな平安に満ちていた。
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イワン(台風11号猫)のお話は、ここで一旦おしまい。
猫のいる暮らしは素晴らしい。
めでたしめでたし。
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