「ポスト資本主義」を読んで
広井良典著「ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来」(岩波新書)を読んだ。
ひとことで言って「このひと頭いいな~!」と思った。行き詰まってきている今の資本主義社会を、人類の過去を振り返りながら分析し、ひとつひとつ検証しながら未来への指針を描き出している。その分析力と統合力が秀逸だ。
まず人類の発展は成長期と停滞期を繰り返してきたと分析。第1の時代は「狩猟・採種」の時代、第2は「農耕」社会、第3は「産業化・工業化」の時代である。そして今、第3の時代が成熟、というか行き詰まり停滞に向かいつつある。このあとブレイクスルーがあって第4の拡大・成長期がやってくるのか、それとも「定常化」に向かうのか?という分岐点に近づいているのだ。筆者は「定常化か拡大か、せめぎ合いの時代になるだろう」と予測しつつも、定常化の方に進むべきだと主張する。なぜかというと、第4の拡大のための手段として「人工光合成」「地球脱出」「ポスト・ヒューマン(シンギュラリティ)」などが想定されるが、いずれも現状起きている矛盾を克服するよりも矛盾自体は放置して外的な拡大や技術に訴える性格のものになるからだ。これでは根本的な解決にならず、力への依存になってしまう。
次に資本主義とは何かをあらためて分析している。ひとことで言えば「限りない拡大・成長」のシステムである。しかし、無限の成長はできない。なぜなら、資源も労働力も市場も有限だから。今まで何度も危機があったが、資本主義をうまく回すために本来自由競争のはずのシステムに国家が介入して、再配分を行ってきた。資本主義と社会主義の中間の道「福祉国家」である。筆者の未来予測は「資本主義から離陸してスーパー資本主義へ向かうのか、コミュニティや自然という社会の土台に再びつなぎ止め着陸させるのか」いずれかだ。もちろん筆者は「着陸型」を期待している。
次に今起きている「格差」について分析し処方箋を論じている。今の格差は「過剰による貧困」だと指摘。生産過剰が失業を生み、その一方で過剰な労働によるストレスや過労が起きている。ではどうすればいいのか?第1に「過剰の抑制」であり、第2に「再分配の強化・再編」だ。
第1点の解決策として面白いのが「労働生産性」から「環境効率性」への転換だ。かつては「時間当たりなんぼ生産するか」が効率性の指標だった。でも今や人手が余り逆に資源が不足している。人手は積極的に投入して、資源(環境も含む)の消費を抑える方向に向かうべきなのだ。今注目を集めつつある「エッセンシャルワーク」は人手の比重が非常に大きい仕事で、これこそが労働生産性が低くて環境効率性が高い、これから浮上する業種になる。今までエネルギーを浪費して時間を短縮してきた。そのスピードは縄文人の40倍にもなる。もはや人間の身体的にもついていけない速さなのだ。いいかげんスローダウンする時がやってきたのだ。
第2点について、著者はセーフティネットについて分析しながら論じている。社会的なセーフティネットというと、年金や社会保険、ということになるが、著者は「人生前半の社会保障」と「ストック(土地・住宅・貯金)の再分配」に重点を置くべきだという。なぜか。裕福な家庭に育てば高学歴を修めることができ、遺産も多い。つまり格差が相続されて解消されることはない。人生前半で平等な競争のスタートラインに立てないのでは、格差はなくならない。老人よりも若者に手厚い保障をしていかねばならないのだ。
著者は「緑の福祉国家or持続可能な福祉社会」をあるべき姿として提唱する。これは資本主義+社会主義+エコロジーのクロスオーバーだという。そして各国の福祉指標(ジニ係数)と環境指標(EPI)には相関があり、福祉のパフォーマンスが高い国ほど環境のパフォーマンスも高いことが分かっている。著者は「分かち合い」への合意が高い社会ほど、人と人との関係性や自然との関係性を重視する社会だからではないか、と分析する。
最後に「地球倫理の可能性」に言及している。これまでの人類の「停滞期」には普遍宗教(仏教、旧約思想など)が登場したりと精神世界での大きな進歩が起きた。著者は第3の停滞期には「地球倫理」が登場するのではないかと予測、期待している。普遍宗教はお互いに普遍性を主張するあまり対立してしまう。昔は地域ごとの棲み分けがある程度可能だったが、グローバル社会の現代では共存が困難になっている。多様性に目を向け、背景や環境、風土を含めて相互理解していくことが必要になってくる。「グローバル」とはglobe(地球)から来た言葉のはずで、多様な地球の全体を「俯瞰」することではないか?今使われている「グローバル化」という言葉はむしろ「均質化」のイメージが強く、本来の意味からかけ離れている、と著者は説く。
僕は、あらゆる問題を解決するのは政治でも科学技術でもなく、ひとりひとりの「倫理観」だと思う。「地球倫理」が全世界で形成されていけば、希望は生まれてくるのではないだろうか。そのためにも、まずは身の周りのひとりひとりと話し合って、人間はどうあるべきかを真剣に模索していきたい。
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