助け合えない家族
モトオとムスメは人のことを考えるのが苦手で、家ではほとんど自分のことしか考えないという人たちでした。家族で協力し合うはずの家事はやりたくないし、そもそも自分たちがやる事だと思っていませんでした。驚くことにふたりは、妻であり母親である私が全ての家事をするのが、当たり前だと思っていたのです。
なので、協力を求めても快い返事をもらったことがなく、モトオは眉間にシワを寄せ、ムスメは鼻を鳴らすのでした。モトオなどは見た目は大人、中身は子供。名探偵コナンのキャッチコピーの真逆なんか洒落にもなりません。
誰かが家事をやらなければ、家庭はあっという間に崩壊してしまいます。そうならないよう疑問に思いながらも仕方なくやらされているうちに、いつの間にかほとんど全ての家事育児が私の仕事になっていました。
言っておきますが、私は専業主婦になる為にアメリカまで行ってイラストレーションを勉強したわけではありません。
発達障害の知識を持っていれば、ふたりが相手の立場を想像することや、家族は助け合うこと、人を思いやるとはどういうことかなど、教えて貰わなければ分からない人たちという事で対処の仕方がもあったかと思いますが、この時は何も知らなかったので、とにかく訳が分かりませんでした。
知識のあるなしに関わらず、私は二人に家族なのに協力しないのはおかしい、家族は助け合うものだとその都度訴えていましたが、なぜか通じないのでした。同じ言葉を話しているのに言葉が通じないようでした。お陰で私は家族といると余計に孤独を感じるようになっていったのです。
面倒くさいが口癖の手ごわいムスメ
2年前の夏の初め、ムスメと私は毎日のように言い争いになっていましたが、原因はもう分かっていました。
ムスメが些細なことで怒り出す、協力しない、自分が悪いのに人のせいにするなど要は今とさほど変わらない内容ですが、この時は本人に自覚がなかったので、今よりずっと大変でした。
モトオは既に家を出ていたのでムスメ一人に専念できる状態でしたが、この頃の彼女は、めんどくさいが口癖のかなり手ごわい相手だったのです。
その日ムスメは、ずっとサボっていたハムスターのケージの掃除をいい加減やらなければいけませんでした。それなのに「無理! 暑いから、やだあー!」と言ってぐだぐだするので、いつものように押し問答になりました。
ペットの世話に関しては「チャッピー(ハムスター)が、かわいそうだと思わないの?」などと情に訴える作戦も効きませんでした。情というものがまだ分からないのでしょう。
結局、ムスメがいつも通り動かないので「もういいっ!」となった私が、やはりいつものように一人で掃除することになりました。『二度とペットなんか飼うもんか!』と腹が立ちましたが、私は動物好きなので、やり始めれば、寝ぼけたチャッピーを相手に掃除をするのは楽しいことになってしまうのでした。振り返ればうちの歴代ペット達は、私をここに繋ぎ止め、同時に孤独感を癒す働きをしてくれていたのでした。
発達障害の人は特性を理解してもらえず、わがままや怠け者と誤解されるという記事をよく見かけますが、暑いからやだと言ってごろごろしてるこの様子から、誤解などではない!とはっきり思うわけです。
あくまでうちの場合ですが、薄情と思えるのは、自分のことだけで頭がいっぱいで余裕がないせいで、とにかくいろいろなことが分からないからなのでしょうが、生き物の世話が向いていないことだけは確かなことです。
きのうはハムスター、今日は草むしり
次の日は、家の裏の草むしりをしなければいけませんでした。手伝って欲しいと頼むと「無理! 急にお腹が!?」と言ってトイレにこもりました。結局、草むしりも私一人でやることに。体の調子が悪くて自分はできないという言い訳は、飽きるほどモトオで経験させられていたので、もううんざりでした。
この人たちは嫌なことがあると即、嘘のように具合が悪くなるので、その尻拭いは全て私にきました。始めは仮病だと思っていましたが毎回本当らしいので、これはもう諦めるしかないのです。
ここで問題なのはムスメがこの事で人に謝ったり、感謝したりしないことでした。『好きで具合が悪くなった訳じゃなく、酷い目にあってるのは自分なのに、なんで人に謝らなきゃいけないの?』という考え方をするからです。
自分がやらなかったことで人に迷惑をかけたという考えがまるでない。そもそも草むしりは自分のする事ではないと思っているという、そもそも論も根底にあったりして、私は悪くない!の一点張りになるのです。
自分が悪いことをしたのでなくても、そのことで人に迷惑をかけたら謝らなければいけない、お腹が痛いのなら仕方ないと許してもらえたことにも感謝しなければいけないなど、いちいち言わないと分からないのです。
二人でやっていたら、とっくに終わっていただろう草むしりをひとり黙々とやっていると、いつの間にか日が暮れて辺りはすっかり夜になっていました。
とっくにトイレから出ているはずなのに、日が沈んで暗くなってもムスメが私の様子を見に来ることはありませんでした。普通なら険悪な感じで会話が終わっていたら、その後相手が気になって様子を見に来たりするものですが、全く気にならないところが、いまだに理解できないところです。
時間の感覚が極端にない事もあって、きっと放って置いたら、寝る時間くらいになったらお腹が空いて、やっと私を思い出すのかもしれないと思いました。それくらい周りに誰もいなくても、なんとも思わないのですから、ただただ違う種類の人と思うしかないのです。
日曜の夕方、辺りにいい匂いが漂い始め、近所の家からお父さんと子供の微笑ましいやりとりが聞こえてきました。なんてことはない普通のやりとりでしたが、うちでは決して聞かないやりとりでした。
モトオとムスメは外では普通のように振る舞っていましたが、実は助け合えない家族でした。私だけが当たり前のように負担を負わされていました。
この悔しく悲しい気持ちの行き場はなく、私は暗闇の中、溢れる涙を拭いながら一人雑草を片付けるしかありませんでした。
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