オレの方が大変
母子手帳
妊娠して、母子手帳を貰ってきた時の話です。
私は貰ってきたばかりの母子手帳を広げ、モトオの目の前で書き込みをしていました。つわりが酷く、日中ソファで横になることもしばしばで、毎日具合が悪いと伝えていました。なので、私のこの辛い状況をモトオは理解してくれている、と私は思っていたのです。
手帳の”妊婦の健康状態等”というページに、夫の健康状態を書く欄がありました。健康か、よくないか、のどちらかを丸で囲み、よくない場合はその病名を書くというたった一行の簡単なものでした。
「夫の健康状態… だって。 健康、よくない、どっち?」
と、目の前のモトオに聞きました。
すると、返ってきたのは答えではなく、こんな奇妙なものでした。
「そんなことも知らないんですか?」
モトオが質問に答えられない人だと分かったのは、それから何年も経ってからでした。正確にいうと答えられないではなく、家族に対するモラハラ言動でした。
注目すべきは稼いでいるオレ様だろうというわけです。精神的に幼いので「かまってちゃん行動」とも言えますし、心理学で言うところの自己承認欲求とも言えるでしょう。いずれにせよ自身でしか解決できないのに変わりはありません。
「知るわけないでしょ。 今つわりでほんとに具合悪いんだから。 私が今どういう状態か知ってるよね?」
とイラつきながら私が言うと、モトオは責められたとでも思ったのか、開き直ってこう言ってきたのです。
「そういうあなたは、オレの状態を知ってるんですか? オレは、ずっと具合が悪いんですよ」
「どういうこと? それはこっちのセリフなんだけど、妊婦の私より具合が悪いって言いたいの?」
「そんなことは言っていない。 オレは医者にも通ってて、ずっと大変なんですよ。 あなたは、そんなことも知らないんですか?」
「…… 知りません。 医者なんて、あなた、いつもどっか悪くてしょっちゅう通ってるじゃない。 医者に行ってない時がないくらいなのに、そのことを言ってるの?」
無言…
「分かりました。 じゃあ、よくない、に丸すればいいわけね。 はい、まる! 病名はなんですか?」
「…… 喘息です。」
「え!? 喘息なの? いつから?」
「ずっと前からです!」
「初めて聞いたんだけど、話してもらってないよね?」
無言… モトオはいつも報連相がない上、自分が不利になると黙るのでした。
「じゃあ、喘息ね。 夫は、ぜ・ん・そ・く、と。 はい、書きました」
という訳で、ムスメの母子手帳には、今もこの通り刻まれています。
モトオはしばらく黙ったままムッとしていましたが、私は困惑と情けなさと不安でいっぱいになりました。男性は女性よりも幼いと言うけれど、妊娠している妻にオレの体調が悪いのを知らないのか?と言ってくる夫は、やはりどこかおかしいとしか思えませんでした。
この時は発達障害など、まだ知りませんでしたが、こういう意味の分からない会話はうんざりする程ありました。その度に感情的にならないよう、考えないようにしていましたが、私の行き場のないストレスは静かに積もっていたのでした。
彼の体調の悪さはダントツでした。いつもどこか具合が悪くて、頼み事をすれば、かなりの高い確率で、具合が悪いと言って断られました。
私にとっては呪わしいものでしたが、体の不調が頻繁に起きる現象は発達障害の人には、よくあることらしいのです。でもだからといって、モトオのように、自分の方が大変だと威張って大袈裟にアピールされては、家族は溜まったものではないのです。