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コンコルド効果

 高校を卒業してもうすぐ8年。田舎から単身上京した彼女は未だに役者として大成していない。年に数度あるかないかの役者仕事では満足に食べていくことができず、今は実家からの仕送りやアルバイトで食いつないでいるらしい。しかし、持っている鞄や着ている服はおおよそ売れない役者が購入できるような代物ではなく、本人は口にしなかったが、お水かパパ活もしているように見えた。

 僕らが卒業式振りに再会したのは昼下がりの渋谷駅。友人に勧められたレストランに行こうとしていたら偶然僕を見かけた彼女に呼び止められた。彼女が役者になるため大学進学を口実に上京したのは知っていたが、偶然出会うとは思わなかった。しかも人が多い日曜日の渋谷でだ。いったいどういう確率なのだろう。天文学的数値に違いない。
 7年半以上ぶりの再会に彼女は嬉しくなったのか、喫茶店に行こうと僕を誘った。僕も旧友とこんな再会をするとは夢にも思わなかったので誘いに乗ることにした。
 気を使い合うような間柄でもないので目についた喫茶店に入る。高校の頃のように僕は紅茶を砂糖とミルク付きで頼み、彼女はコーヒーをストレートで頼んだ。お互い立場も身なりも変わったが、根っこのところは変わらないんだな、とくすくす笑い合った。最近は仕事の関係者としか話をしていないのでこういった心を許した会話が心地いい。

 彼女は運ばれたコーヒーも飲まずにとうとうと夢を語った。
 念願の芸能活動ができてとても幸せだ。今はまだ仕事は多くないし、名前付きの役もできていないけど、大学を辞めてすぐの頃よりは仕事も増えてきている。自身の成長も感じているから今は下積み期間だと考えればそれほど辛くない。いつかは映画に出られるような役者になりたい、と。コーヒーが冷たくなるまで彼女の熱弁は止まらなかった。
 役者に対する彼女の情熱は本物なのだろう。聞くと役者に専念するため2年生の頃に大学は辞めてしまったらしい。もとより安定した将来を得るために大学に進んだわけではないから妥当と言えば妥当な選択だが、その信念と度胸には舌を巻くばかりだった。しかし、それと同時に彼女はこのままいっても成功することはないだろうな、とも感じていた。

 彼女は高校の頃は目立つ容姿だった。低身長でやや丸顔。茶色がかった黒髪が特徴的で、高い鼻と大きな垂れ目、左目の傍には泣き黒子がある。少し太めの眉と小さな口を持ち、それが一層可愛らしさを引き立てた。彼女は世間一般でみても十分”カワイイ”部類に入るだろうし、事実高校の頃はそういう扱いで、ある程度人気のある女生徒だった。しかし不思議と華はなかった。
 それを知ってか知らずか、はたまたアドバイスを受けたか気付いたか、久しぶりに見た彼女の容姿は大きく変わっていた。髪は黒髪に青を入れより黒くなるよう染め、狭い額を存分に出し、垂れ目をカバーするかのように釣り目メイクが施されている。タイトなパンツ姿に革ジャンをを羽織る姿にも努力が見て取れた。彼女は所謂”カッコイイ”女性になろうとしているのだろう。しかし、やはり不思議と華はなかった。
 全てがちぐはぐだった。一発屋芸人の末路のような迷走だった。華のなさをカバーするためにした努力がすべて裏目に出たのだろう、彼女はどこにでもいそうな東京の女になってしまっている。これでは有名な女優達の焼き直しの劣化版にすらなれないだろう。演技力のほどはわからないが、この程度の容姿の役者など東京にはいっぱいいるだろうし、売れる見込みは0に近いな、というのが僕の抱いた感想だった。容姿が売れるために必須とは思わないが、しかし、それ以上の強みがあるようにも見えなかった。事実、彼女は売れていないのだ。

 僕は元学友として彼女に資格をとり一般企業に就職することを強く勧めた。
 今はまだ若いから夢を追いかけることは出来るかもしれないが、現状からして売れる目はない。もう26だし、夢を追い続ける限界がそろそろ来たのではないか? 将来のことを真剣に考える時が来たのではないか? ITパスポートや簿記3級のような簡単な資格から始めればいい。最悪資格を取りながら芸能活動を頑張ればいいじゃないか、と。
 しかしそんなアドバイスはもう慣れっこになってしまった彼女は片目で笑って渋谷の雑踏に消えていった。

 コーヒーの代金は支払われていなかった。

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