編む* 家を起こす

しばらく忘れてしまっていたことだが、朝、目を覚まし、布団から出て階段を降り、キッチンで湯を沸かし、コーヒーを淹れたり朝食を作ったりする前にしなければならなかったのは、ちゃんと家のひとつひとつに声をかけ、あさよ、と起こしてやることだったんだ。
そうして呼びかけた私の声に呼応するように、家はだんだんと震えて起き上がる。緩やかな音楽が流れ、雨戸が開けられる。冷気が吹き込み、少し身を縮める。コーヒー豆は粉にされ、沸いた湯がこぽこぽと注がれる。
さっきまで息を潜めるようだった家の中には、ささやかな音が編み込まれていき、今朝のキルトが作られていくようだった。
そこにわたしは大好きな随筆の一遍を朗読する。10代のころから大切にしてきたそのテキストを、本棚から大事に持ってきて開き、自分の身体に染み込ませ、飲むように、読んだ。地球のどこかでアクビをしているペンギンのことを考え、アラスカの海を回遊するクジラのことを考え、ブラジルのコーヒー農園で育つ木々を照らす夕陽のことを考えた。そうして、まだ眠っている家族と、友人たちのことを、考えた。
いま同じ瞬間、遠くの大地のことと、会えない友人たちを思う糸が、ながくながく広がっていく。それらは私の琴線。柔らかく、しかしピンと張られたそれらは、よく響き、初めて出会った時の記憶を呼び起こす。幸せな、記憶の音を。そうして、それらが奏でる音楽で、私は今日も家を起こそう。

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