第70話 退院
母親が退院の手続きをする間、手持ち無沙汰な僕は、尾張さんに話しかける。
「病院なら他にも幽霊とかいるかと思いましたけど、結局みつかりませんでしたね。」
ここ数日、僕の身体が動くようになってからの病院での暇な時間を、尾張さんと一緒に幽霊探索に費やしていた。
「病院で、亡くなる人も多いイメージだったけど、実際そんなこともないのかしらね。」
「でも、実際結構亡くなる人も多いと思うんですけどね。」
それとも、病院で亡くなった人が幽霊にならない理由があるのだろうか。
「自分の死にある程度納得してる。とかですかね。」
「自分が死ぬことに対して納得できる精神状態ってかなり壮絶なものがあるのだけれど。」
尾張さんが、顔をしかめながら呟く。
「そうですか?でも、老後に自分のやるべきことや、やりたいことも全て終えて、後はもう穏やかに老衰で死ねたら幸せって層は結構いるんじゃないですかね?」
「それは、少しはいるでしょうけど、そんな稀有な存在は実際探すの難しいと思うわよ。知ってる?日本の死因の第一位。癌よ?老衰で死ねるのなんて一部の運がよかった人くらいじゃない?」
それは、運がよかったといってもいいのだろうか。
「世知辛い世の中ですね。僕も出来れば老衰で死にたいです。」
痛いのはもう懲り懲りである。
「じゃあ、やっぱり貴方運動した方がいいんじゃない?今のままなら成人病まっしぐらだと思うわ。」
「嫌なこと言わないでくださいよ。糖尿病とか高血圧とか身近で聞くから大したことじゃないと思えますけど、実際、末期になると身体の末端が壊死したり、血管千切れたり実はすごい怖いんですから。」
しかし、穏やかに死ぬために健康に気をつかうって本末転倒じゃないだろうか。
「健康で文化的な終わりを迎えるために日頃から身体のメンテナンスに気を使うなんて、ミサイルを途中で空中分解させずに敵国に撃ちこむ為に資金と技術を注ぎ込むくらい無駄な気がするわね。」
「それ、最終的に結局、爆発して終わるじゃないですか。」
そんなミサイルみたいな人生は嫌だ。
「人間ってなんでこんなに無駄なことが好きなのかしらね。」
一見無駄にしか思えない行為も後の成果によっては意味のある行動だったなんてこともザラにあるから、確かなことはわからない。でも、
「無為で無駄なことの方が気負わずできて、楽しいからじゃないですか?」
「ゲームみたいに?」
「ゲームは無駄じゃないです。」
そんなことを話している間に、母親が手続きを終えてこちらに向かってくるのだった。