第78話 世界の終わりを君に捧ぐ 破 2
「こんなところに子供が一人で?」
「あやしいわね。」
尾張さんが、男の子をじーっと見つめる。
男の子は、にへらっと笑うと、こちらに近づいてきて、現地の言葉で何事か話し出す。
「尾張さん、なんて言ってるかわかりますか?」
「紀美丹君も少しくらい勉強した方がいいわよ?」
尾張さんは冷ややかな目でこちらを見る。
「お礼とか挨拶くらいなら僕もわかりますよ。それに言葉がわからなくても尾張さんがいれば安心ですから。」
「人のことを翻訳機扱いするのやめてもらえるかしら。」
尾張さんは、はぁ、とため息を溢すと、男の子の言葉を訳してくれる。
「なんかちょうだい。その機械かっこいいね。それでもいいよ。」
「いきなり物乞いされるとは思ってなかったです。」
これなら、知らない方がよかった。男の子がカメラに手を伸ばそうとしてきたので、それを避け、ポケットから軽食用のチョコレートバーを取り出す。
「カメラはダメですけど、これならあげますよ。」
男の子は、にへらっと笑うと、
「ちっしけてやがるぜ。」
「尾張さん!?嘘ですよね!今のは僕にもわかりましたよ!お礼言ってましたよね!この子!」
尾張さんは、やれやれと肩をすくめると、
「紀美丹君がお礼ならわかるって言うから試してみただけじゃない。」
と悪びれもせずに言う。
まったく、油断も隙もない。
「親御さんはどこにいるんでしょうか。」
僕の呟きを聞いた尾張さんが、現地の言葉で男の子に質問する。
「わからないそうよ。」
「わからない?」
男の子はチョコレートバーを食べながら、話し出す。
「親なんて見たことないよ。僕らは捨てられたんだって兄ちゃんが言ってた。」
「兄ちゃん?お兄さんがいるんですか?」
男の子は首を振る。
「兄ちゃんはこの間の紛争で、流れ弾に当たって死んじゃった。」
チョコレートバーを食べ終えると男の子は、
「今日もそろそろ始まるはずだから、お兄さんたちもはやくどっかに隠れた方がいいよ?」
と言って、瓦礫の中に入っていく。
男の子が入っていった隙間を見ると、そこは防空壕のような空間になっているようだった。
その時、乾いた破裂音が鳴り響いた。
「紀美丹さん!!戦闘が始まりました!!戻ってください!!」
アルマさんの叫ぶような声に振り向く。
どうやら、数百メートル先でいつのまにか銃撃戦が始まったようだった。
流れ弾が瓦礫に数発、突き刺さる。
これでは、ジープまで戻るのは難しい。幸い、ここは瓦礫が壁になっているため、流れ弾に当たる心配はないようだった。
「アルマさんは安全なところまで避難してください!後で追いかけます!」
アルマさんに落ち合う場所を指示し先に避難してもらう。
アルマさんは後ろ髪が惹かれるように何度もこちらを振り返っていたが、運転手の行動は迅速ですぐにジープは走り出していった。
「良かったの?紀美丹君。ここも安全とは言い難いわよ?」
「目的を果たすためには、多少の危険も覚悟する必要があるんですよ。」
服を迷彩状に汚す。そして、匍匐前進しながら、瓦礫の影に隠れつつ戦闘が行われる場所を目指して進む。
しばらく進むと、やがて複数人の人影が見えてきた。どうやら、彼らと別の集団が争っているようだった。
瓦礫の影に隠れながら、カメラのシャッターを切る。
何人もの人達が銃弾に倒れていく。血と硝煙の匂いが辺りを満たし、やがて砂埃にまかれて、それすら消えていく。
幾度か見た戦場の光景は、それでもいつも違う凄惨さをフィルムに残していく。
銃撃の音がやがて聞こえなくなる。
どうやら、小競り合いのような戦闘が終わったようだった。
カメラをしまい、周囲を警戒しながら立ち上がる。
「終わったみたいね。」
「はい。今回の目的も果たせました。」
僕の今回の仕事は、現地での紛争の現場を写真に撮ることにあった。
今回の成果は上々といったところだった。裏の目的も果たせたことだし。
「この後は、観光でもしますか。椎堂さんへのお土産も買いたいですし。」
尾張さんとそんな事を話している時だった。
乾いた破裂音が鳴り響き、胸部に衝撃が走った。