見出し画像

小説「灰罪の権座4」

第3章: 灰色の裁定者

追跡の始まり
都心の夜は静まり返り、冷たい風が涼の頬を刺していた。北条修一の死から数週間が経ち、涼はその死の裏に潜む謎を追い続けていた。灰色の裁定者と呼ばれる存在が、この一連の事件の背後にいることは間違いない。しかし、その正体も目的も一切が謎に包まれていた。
涼の足元には、北条が最後に残したメモのコピーが入ったバッグが揺れていた。そのメモには、いくつかの暗号と地図のような図が描かれていた。涼は、この手がかりが裁定者の正体に繋がるかもしれないと考え、指定された廃工場へ向かっていた。
「北条先生、あなたは何を知っていたんですか…」
冷たい吐息が夜空に溶けていった。
 
過去の回想
廃工場に向かう途中、涼の脳裏には北条修一とのやり取りが蘇っていた。あの日、議員会館の一室で、北条は酒を片手に語っていた。
「涼、お前はまだ若い。この国の政治に夢を抱いているのかもしれないが、その夢はすぐに裏切られる。」
北条の声は苦々しさと諦めに満ちていた。涼は当時、彼の言葉に反発を覚えた。
「先生、僕は政治が人々のためにあるべきだと思っています。理想を捨てたら、何も変わりません。」
北条は笑い、グラスを置いた。
「理想だけではこの国は変わらない。だが、理想を持つ者がいなければ、さらに悪くなる。お前が何を信じようと、それはお前の勝手だ。ただし、この世界で生き抜く覚悟を持て。」
その時の北条の目は、涼にとって何かを訴えかけているようだった。しかし、涼はその意味を深く考えることなく、仕事に戻った。そして今、あの時の北条の言葉が現実となり、自分を苦しめていることに気付いた。
 
廃工場の影
その場所は、東京の外れに位置する古びた廃工場だった。建物は錆びつき、壁にはひびが走り、外灯もほとんど点いていない。工場の入り口で立ち止まった涼は、手の中のメモを再度確認した。
「ここに来いと…でも、これは罠かもしれない。」
心の中に湧き上がる警戒心を押し殺し、涼は中へと足を踏み入れた。薄暗い内部は、埃っぽい空気と金属の冷たい匂いに満ちていた。微かな機械音が奥から響いてくる。その音を頼りに、涼は奥へと進んだ。
やがて、広い空間に出た。そこには、無数のモニターが壁一面に設置されており、各地の監視映像が映し出されていた。その中央に立つ人物—灰色の裁定者。
「待っていた。」
その声は低く、機械的に加工されていた。裁定者は涼に向き直り、冷静な目で彼を見つめていた。
 
裁定者との対話
「お前が、灰色の裁定者か。」
涼は声を震わせないよう努めたが、その目は相手の一挙手一投足を警戒していた。裁定者は、黒いフードに覆われた姿で涼をじっと見つめた。
「そうだ。だが、その名で呼ぶ必要はない。」
「北条先生を殺したのはお前だな。その目的は何だ?正義を気取っているのか、それともただの復讐者か?」
裁定者は少しの間沈黙し、やがて冷静な声で答えた。
「正義も復讐も、本質的には同じだ。何を正しいとするかは、状況と視点によって変わる。私はただ、この国が崩壊しないようにバランスを取っているだけだ。」
涼はその言葉に息を呑んだ。
「バランスだと?それで人を殺すのか!」
「彼らの存在が、バランスを崩していた。腐敗と利権にまみれた権力者たちが国を壊す。その結果、より多くの無実の人々が苦しむ。それを放置することこそ、罪だ。」
裁定者の言葉は冷静で説得力があったが、その冷徹さに涼は戦慄した。
 
自分の罪との向き合い
「しかし…あなたはそれを決める権利があるのか?」
涼の問いに、裁定者は一瞬だけ動きを止めた。そして、鋭い視線を涼に向けた。
「では問おう。君は、北条修一の下で働きながら、何を見てきた?そして、それに対して何をしてきた?」
その言葉は鋭い刃のように涼の胸を貫いた。北条の秘書として働く中で、彼が腐敗に手を染めているのを知りながら、涼は見て見ぬふりをしていた。
「君自身も灰罪を抱えている。その事実から目を背けてはいけない。」
裁定者の言葉は、涼の中に深い葛藤を生み出した。自分が正しいと思ってきた信念が、揺らいでいく。
「僕は…何もできなかった。」
涼は小さくつぶやいた。
「できなかったのではない。しなかったのだ。それが君の罪だ。」
 
真奈美の追跡
その頃、佐伯真奈美もまた独自に裁定者の足取りを追っていた。彼女は記者仲間から入手した情報を元に、涼が向かった廃工場へと急いでいた。
「涼、あんた一人で何をしているの?」
真奈美は涼の危険な行動に苛立ちを覚えながらも、彼を助けたいという気持ちを抑えられなかった。夜の道を車で走りながら、彼女の頭には涼の姿が浮かんでいた。
「あなたも、この灰色の裁きの中で答えを探しているのね…」
真奈美はアクセルを踏み込み、廃工場へと向かった。
 
裁定者の去り際
「これで終わりだと思うな、涼。」
裁定者は静かに言い残し、モニターが一斉に消えると同時にその場から姿を消した。涼は追おうとしたが、彼の姿を見失った。
「待て!まだ話は終わっていない!」
しかし、暗闇の中に裁定者の影はなかった。涼はその場に立ち尽くし、自分の無力さを噛み締めた。
やがて、廃工場に真奈美が駆けつけた。
「涼!」
彼女は荒い息をつきながら涼の元へ駆け寄った。
「無事でよかった。何があったの?」
「裁定者と会った。だが、何も得られなかったかもしれない。」
涼の声は疲れ切っていた。真奈美は彼の肩に手を置き、静かに言った。
「それでも、諦めないで。答えはきっと見つかるわ。」
二人は静かに廃工場を後にした。その背後では、機械音だけが虚しく響いていた。
 


本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、名称、設定などはすべて架空のものであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
また、本作品の一部にはAI技術を使用して作成した要素が含まれています。

いいなと思ったら応援しよう!