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楽譜のお勉強【47】ルース・クロフォード=シーガー『ヴァイオリン・ソナタ』

先日までニューヨークに滞在していた関係でゆっくり楽譜を読んだりする時間が取れませんでした。やや久しぶりの「楽譜のお勉強」では、早速ニューヨークで仕入れた楽譜を読んでみたいと思います。アメリカの前衛音楽を切り拓いた世代の一人として有名なルース・クロフォード=シーガー(Ruth Crawford Seeger, 1901-1953)の初期作品『ヴァイオリン・ソナタ』(Sonata for Violin and Piano, 1926)の楽譜をジュリアード音楽院併設のジュリアード・ストアで買いました。輸入版の楽譜は高価ですし、ネットショップで現地から購入する場合も送料や関税がかかります。外国に滞在するときは時間があれば必ず現地の楽譜屋さんに寄るようにしています。出版されていることを知らなかった思わぬ掘り出し物に出会うこともあります。

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(結婚前の作品で氏名がクロフォードのみで表記されていますが、今日のタイトルにあるクロフォード=シーガーと表記しました。)

ルース・クロフォード=シーガーの作品では何と言っても1931年の弦楽四重奏曲が有名です。モダニストとしての資質が遺憾無く発揮され、当時のアメリカでは聞くことのなかった未知の音世界が切り開かれました。クロフォード=シーガーの作品は大体1930年を境に円熟期へ入っていくとされています。ヴァイオリン・ソナタは1926年の作品ですから、初期作品に分類されますが、モダニスト的な作風への過渡期と言えます。作曲活動のごく初期にはロシアのピアニスト作曲家・アレクサンドル・スクリャービンの強い影響が指摘されていました。1924年にジェーン・ラヴォイェ=ヘルツのピアノ・レッスンを受けるようになって、ヘルツからヘンリー・カウエル(Henry Cowell, 1897-1965)やデイン・ルディヤー(Dane Rudhyar, 1895-1985)といったアメリカ前衛音楽初期の作曲家たちを紹介されました。彼らと親交を結びながら、クロフォード=シーガーは、より斬新な書法を試みていくことになります。

『ヴァイオリン・ソナタ』は4楽章からなっています。緩ー急ー緩ー急という変則的な楽章構成で、主題の展開は古典的ですが、形式的には古典のソナタを踏襲せず、4つの性格的小品にも近い感覚です。ときおりスクリャービン風の神秘和音が元になっていると思われる和音も用いますが、よりオリジナルな響きを持った和音を作り出そうという意図も強く感じます。

第1楽章の冒頭から大胆な不協和音が作られます。開離配分で置かれたピアノは低音にAs-Durの第1転回形の和音、その上に順次、A-F-Bと置かれています。As-A-Bという半音階が短9度の関係で和音に含まれ、強くぶつかり合う響きですが、それに追い討ちをかけるようにヴァイオリンが重音でF-Hを演奏します。ピアノの最高音BとヴァイオリンのHは短2度を形成し、露骨な不協和の効果がビリビリとなります。ヴァイオリンとピアノの両方に充てがわれたF音は、冒頭部分で保続音的な効果を持って展開の軸になります。すなわち2小節目では旋律線がゼクエンツ的に上行し、低音部和音は下行します。ただし、Fだけは不動で残ります。2小節目の最後でFを1オクターブ下げ、低音に移ったF音の周りにまた不協和を作る和音を配していくという形です。ただし、3小節目からは少し調性的な音程の関わりも聞きやすくなります。Fに隣接するFisが弾かれるので不協和の効果もありますが、Fは前の小節から保続されており、FisはDis-Fis-Aisの基本形短3和音の中音なのです(バスはG)。ヴァイオリンの旋律はE-E-Fis…と始まるので、保続されているFより1オクターブ上の音域とはいえ、Fの周りを刺繍している考え方だと思います。ピッチの操作は全体として、このように半音階的でアカデミックなものです。12小節目からはピアノの伴奏型がアルペッジョになるので、音楽に動きが出てきます。ヴァイオリンの旋律とピアノの旋律の二重奏を分散和音が彩る体ですが、ピアノの書法は技巧的で印象的です。七連符や六連符の分散和音の隙を縫って空いた指で旋律を弾いていく感じですが、アルペッジョの高音域より下に潜ったり上に上がったりするので、明瞭に聞こえるように演奏するには高度な技術が必要です。スクリャービン風の4度音程を堆積させて和音を作り、短9度、長7度、短2度といった不協和な音程を足しながら作り込んである、まさに「無調」の趣のしびれる美を湛えた音楽です。

第2楽章はうって変わってシンプルで新古典的な佇まいを持っています。骨子の設計に頻出する音程はやはり長7度や短2度が多いのですが、音階的に連結しているパッセージを挟んでいることや、5+4の9拍子によるパターンで作られたリズミカルなリフの繰り返しが第1楽章よりも随分軽い表情を持たせています。最初は5+4が続きますが、徐々に拍節感は伸びていきます。アクセントの位置が均一のパルスで訪れないので、少しいびつなリズム感もあって、とても新古典主義風に聞こえる音楽です。

第3楽章は第1楽章と対応しているようなゆったりしたコラールです。とてもシンプルな音楽で、第1楽章のように込み入った書法ではありません。ただし、中間部の15小節から19小節の拍節感の滲ませ方は印象的で、著名な「弦楽四重奏曲」で特に重要な第3楽章に見られるような独特の時間と響きの作り方の可能性を示しています。ヴァイオリンとピアノがシンコペーションでずれながら進行しますが、やがてピアノは三連符になって、なおかつ三連符の和音は2声部に分割されます。分割された2声部は拍点をずらしてあって、ヴァイオリンとも、ピアノのバス音とも拍点を異にします。それらが一様に漸次進行で上行(バス・ラインはときおり下行を含み、ヴァイオリンは最後に下行)していき、一つの方向性を持っています。あたかも一群の群体生物が一つの意志を持っているかのような有機的な響きの混合物になっているのです。

第4楽章は短い音階様のパッセージが様々な音域でかなり自由に駆け巡る音楽で、ユーモアを感じます。音階風のパッセージは様々な音価の連符で散らされており、一定の疾走感を保ちながらも緩急も感じさせ、豊かな呼吸を持った音楽です。終楽章として、爽快感をもってソナタを締めくくり、充実感をもたらしてくれました。

第1楽章の入念な音組織設計や第3楽章に現れた独自の音楽時間に特に共感を覚えました。本当に才能に溢れた作曲家であったと思いますが、生まれた時代の社会的背景から長らく相応しい評価は得ていなかったと思えます。彼女が活動していた頃に出会った有力な音楽出版業者のエミール・ヘルツカ(ウニフェルザル・エディツィオン社からシェーンベルクやヴェーベルン、バルトーク、クルジェネクらの音楽を世に出しました)から、「女性作曲家の作品を出版するのは難しい」と言われたエピソードが残っています。今回読んだヴァイオリン・ソナタも1984年に出版された楽譜です。夫であるチャールズ・シーガーは作曲家でしたし、継子のピート・シーガーも大変人気を博したフォークシンガーでした。音楽一家であったシーガー家はルースの仕事の価値を理解していたと思います。彼女の音楽が紛失などしなくて本当に良かったと思います。脚光を浴びるのが遅れたクロフォード=シーガーの音楽を自由に勉強できる時代に生まれたことは大きな喜びです。まだまだ再評価の途中という印象もある作曲家ですので、これからどんどん演奏されていけばと感じました。

(クロフォード=シーガーの代表作『弦楽四重奏曲』の音源動画です。)

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