上原尚子評 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 監修『村上春樹 映画の旅』(フィルムアート社)
評者◆上原尚子
村上春樹ファン必携の書――村上と映画。その結びつきの深さがどれほどのものであるかを、本書でまざまざと感じ取ることができる
村上春樹 映画の旅
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 監修
フィルムアート社
No.3578 ・ 2023年02月11日
■村上春樹の読者であれば、村上の小説やエッセイに映画がよく登場することは知っているだろう。だが、たとえば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでいて六〇二ページに〈『第三の男』のジョゼフ・コットン〉が出てきたとき、気にしながらもそこで本を閉じて調べることはせず、読み飛ばしてしまうことはないだろうか。もしそうなら、あまりに残念だ。なぜなら〈『第三の男』のジョゼフ・コットン〉は、何らかの役目を担ってそこに登場しているのだから。
そんなときに頼りになるのが本書、『村上春樹 映画の旅』だ。この本をさっと開けば、どの小説にどの映画が登場し、それがどのような内容で誰が出演しているのかがひと目でわかる。
本書は、二〇二二年十月一日から本年の一月二十二日まで早稲田大学演劇博物館で開催されていた同タイトルの企画展の図録だ。図録といえば、たいていは展示の内容を記憶に留めるために購入するものだが、本書は違う。独立した資料集としても、映画という視点から切り込んだ村上作品解説本としても楽しめる、村上ファン必携の書だ。
表紙をめくるとまず、村上自身の映画に対する思いが綴られた文があり、展示趣旨を挟んでさらに、自身と映画との関わりについて書いたエッセイがある。村上はシナリオライター志望だった学生時代、今回の展示会場でもある早稲田大学の演劇博物館で映画のシナリオを読みまくっていたが、その経験が小説を書く上でいかに役立ったかをここで語っている。
次に、企画展の展示をまとめた図版が続く。第一章「映画館の記憶」は村上が観た映画、通っていた映画館、読んだシナリオについて、第二章「映画との旅」は小説以外の著作に登場する映画についてまとめられている。村上の小説に登場する映画について特集されているのが第三章「小説の中の映画」だが、ここでは映画名の出てくる一節がまるごと引用されている。これを読めば、その映画が村上のどの小説のどの場面に出てきたか、すぐにわかる。
第四章「アメリカ文学と映画」では、村上が翻訳したアメリカの小説に映画化されたものが多いことに焦点が当てられている。アメリカ文学を翻訳することと、原作を翻案して映画化すること。二つの行為を並べることで、〈言語とは何か、それを移し替えるとはどのような営みであるか〉について理解を深めることを目的としてまとめられたもので、たいへんに興味深い。
第五章「映画化される村上ワールド」では、村上の小説を原作とした映画についてまとめられている。どの章にも映画のポスター、スチール写真、書影の写真がふんだんにあしらわれ、たいへんにカラフルで、ページを捲るだけでも楽しめる。
後半には、映画と文学の専門家七名(アーロン・ジェロー、長谷正人、高村峰生、小澤英美、木原圭翔、岡室美奈子、川﨑佳哉)による論考、映画『バーニング』のイ・チャンドン監督と『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督のインタビューが収録されている。各氏はそれぞれの専門的な視点から村上と映画の関わりを論じているが、いずれもがこれまでにない作品解説になっており、村上作品を深く読み込む手がかりとなる。
巻末には、村上春樹作品年譜、参考文献、村上春樹著作登場映画リスト、展示リストが掲載されている。すっきりとまとめられており、作品年表には刊行された小説、翻訳書、エッセイのタイトル以外の余分な情報は一切ないため、知りたいことがすぐに見つけ出せる。
映画館に入って着席すると照明がすっと落ち、暗がりの中にスクリーンが浮き上がる。観ている者はしばし現実から離れ、異世界の中に没入する。本書の論考でも触れられているが、この一連の流れは村上作品ではおなじみの、暗闇に下りて壁を抜け、異界に入る行為と確かに似ている。村上と映画。その結びつきの深さがどれほどのものであるかを、本書でまざまざと感じ取ることができる。
(翻訳者、ライター)
「図書新聞」No.3578 ・ 2023年2月11日(日)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。