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品川暁子評 ダヴィド・ラーゲルクランツ『記憶の虜囚』(岡本由香子訳、KADOKAWA)

スウェーデン貴族の心理学者と移民の女性警官が事件の謎を解く!――〈レッケ&ミカエラ〉シリーズ第二弾

品川暁子
記憶の虜囚
ダヴィド・ラーゲルクランツ 著、岡本由香子 訳
KADOKAWA

■レッケとミカエラが戻ってきた!
『記憶の虜囚』は、スウェーデン貴族出身の心理学者ハンス・レッケと、チリの移民で貧しい地域に住む女性警官のミカエラ・バルガスが事件を解決する人気シリーズの第二弾だ。前作『闇の牢獄』のラストで男性がレッケのもとを訪れるが、今作はその続きとなる。
レッケに依頼をしたのは、サミュエル・リドマンと名乗る男だった。失踪後に死亡宣告された妻クレアがヴェネツィアで観光客が撮った写真にうつり込んでいたと相談する。
 クレア・リドマンは、十四年前、ノルド銀行チーフアナリストとして華々しいキャリアを築いた。一九九〇年に金融政策の失敗と欧州金融危機の影響で不動産バブルがはじけた時も、経営状態が悪化した大企業から債権の回収にあたっていた。だが、ハンガリーの資産運用会社「カルタフィルス」と交渉した直後に失踪したという。夫はクレアから一通のハガキを受け取ったが所在はわからず、のちにスペインでタンクローリーの炎上事故に巻き込まれて死亡したことを知った。だが、写真にうつった女性は妻に間違いないとリドマンは言う。
 「カルタフィルス」という名前を聞いて、レッケは思い当たるところがあった。カルタフィルスの裏にいるのはガボール・モロヴィアというハンガリーの投資家で、レッケの宿敵だった。
 レッケ一族とモロヴィア家の確執は、レッケの父親の代からはじまる。一九六〇年代、レッケの父ハロルドは賄賂や談合などをつかって競合相手のモロヴィア海運をつぶした。破産したモロヴィアは息子ガボールを連れてハンガリーに戻った。その後、ウィーンで当時十二歳だったレッケは同年代のガボールと出会う。ガボールは最初から敵意をむき出しにした。そして、レッケにけんかで負けると、レッケの愛猫アハシュエロスを腹いせに殺した。カルタフィルスは「アハシュエロス」の同義語だ。殺したペットの名前を社名にするとは、なんともおそろしいものを感じさせる。
 その後、レッケがピアニストとして活躍していたころ、ガボールと再会した。その数週間後にレッケの恋人イダが遺体で発見される。レッケはノルド銀行頭取ヴィリアム・フォシュがイダの死にかかわっているのではと疑うが、死の真相はわからないままだ。
ミカエラが調査を進めると、写真にうつり込んでいた女性は『シシリアン・ラブ』というチェスの本を手に持っていたことがわかった。本が出版されたのはクレアの死後だ。つまり、クレアは死亡宣告されたあとも生きていたのだ。クレアはガボールを有罪にできる情報を持っていたため、証人保護プログラムの対象になった可能性が浮上した。
 『闇の牢獄』では、タリバンからの亡命者とCIAの陰謀を扱った内容となっていたが、今作も九〇年代に起きた金融危機とノルド銀行国営化という社会的な問題を扱っている。ノルド銀行は債権を回収できず最終的に破綻し、スウェーデン政府が国営化した。『記憶の虜囚』では、国営化の際にスウェーデン政府がカルタフィルスと手を組んだことになっているが、カルタフィルスはKGBとつながっており、スウェーデンの資金がロシアに流れたことは容易に想像がつく。当時、すでに政界にいたレッケの兄マグヌスも国営化にかかわっていた。
 レッケとミカエラは出自も性格もまったく異なる対照的なコンビだが、やっかいな兄がいることが唯一の共通点かもしれない。マグヌスは野心にあふれた政治家で、浮き沈みの激しい繊細なレッケとは気が合わず、いつも二人は対立している。また、ミカエラの兄ルーカスは麻薬売買の中心人物で、警察官のミカエラに身辺を探られるのを嫌がり、またミカエラがレッケと親しくしているのが気に入らない。素性を隠したまま、レッケの一人娘ユーリアに近づき、レッケを破滅させようとたくらむ。
 レッケは、音楽家としての耳の良さと細かな情報を収集する能力を生かして瞬間的な推理を試みる、いわばスウェーデン版のシャーロック・ホームズだ(ただし、躁状態の時にかぎる)。レッケの宿敵ガボールは、モリアーティ教授を想定しているように思われる。今回の事件が解決しても、ガボールとの対決は続くことになるかもしれない。
 レッケとミカエラがバディを組んで二つめの事件となったわけだが、ミカエラのレッケに対する感情はいまだ複雑だ。躁状態のレッケは才能にあふれ、やる気に満ちているが、ひとたび鬱状態になると薬物が手放せず、何もできない。そのため、ミカエラの気持ちは称賛と失望のあいだで揺れ動いている。いっぽう、レッケはミカエラを好ましく思っているが、二人とも気持ちを口に出さないため、相手がどう思っているのかわからない。今後、関係に進展があることを期待したい。
 著者のダヴィド・ラーゲルクランツは、急逝したスティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズを引き継ぎ、好評を博した。新シリーズ〈レッケ&ミカエラ〉は全三部作を予定している。
 (英語講師/ライター/オンライン英会話A&A ENGLISH経営)

「図書新聞」No.3677・ 2025年3月1日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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