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【短編】雨とコップと水

『ハイこれ、今日も飲んで』

食卓でひと口啜っただけの【水】を当然のようにボクのコップに注いできた。表面張力すら起こしたそれに口をつけていると、妙な一瞥を向け部屋に戻っていった。

努めてボクは、せめてコップだけでもと磨く毎日を続けた。飲食店の曇った手触りの軽いコップ、海水浴場の脱衣所の誰のモノとも知れぬ泥、じか箸でつついた翌日のおかず。

そんな毎日の中、今日も。だから瞬間を逃すまいと、継ぎ足される【水】の流れを見ていた。そんなに残すなら、そもそも、ボクに。そんなに満たしたいのなら。

何度も寝返りをうつ寝苦しい夜。天井光を反射するコップ。握った部分と口をつけた部分だけの曇りがより顕著に。そしてまた、注がれて。思い違いか空想の類いか、どんどん口角が緩んでいるかのような。

間違っているのだろうか。だってボクらは。

今日はいつもと違った。空のコップを突き出し、促した。だからボクは注いだ。飲み干し、立ち上がり、確かに不敵な目を向け、お互い部屋に戻った。

翌日、降りしきる雨を二人で眺めていた。どうしてかボクは衝動が。【注いであげたい】のを抑えきれなくて。コップを介さずに、注いだ。その日から、雨の日はサインを、おはようの代わりに目で。

雨の日は、晩御飯の時じゃなくても、コップを介さずに、注いだり、注がれたりした。

次第にコップは、磨かれずに色褪せていった。

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